約 1,660,878 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2900.html
前ページ次ページゼロの使い魔人 …授業が行われる教室の構造は、大学の講義室と凡そ変わりない。 半分に切った擦り鉢の様な石作りの部屋に、階段状にしつらえられた机と椅子が並んでいる。 ルイズと共に龍麻が入室するや、あちこちで笑い声が上る。 笑い声の元を睨みつけつつ、ルイズは席の一つに着くが、龍麻は部屋の最後部の壁際…、部屋全体を見回す位置に立つ。 龍麻が見た限り、生徒連中は全員が大なり小なり、使い魔らしき生物を引き連れていた。 ――まあ猫や鴉、大蛇や梟とかはまだしも、例のキュルケが連れていた火トカゲに始まり、コンピューターRPGや 幻想小説にのみ存在し得た筈のクリーチャーが当たり前の様にいる光景には、それなりに 『経験値』を蓄えている龍麻といえど、感心や呆れとは無縁で居られなかった。 (よくもまあ…。此処は本気で何でもアリというか、とんだお化け屋敷だな……) 内心で呟いていると、扉が開き紫色のローブと同色の帽子を被った、教師と思しき中年の女性が現れた。 その際、真意は兎も角シュヴルーズと名乗ったその教師が放った一言が引き金で、 教室中の生徒連中が笑い出し、ルイズと近くにいた男生徒が口喧嘩を初めたが、 彼女は魔法で黙らせると授業に入る。 (…一体、何をやらかしたかは分からんが、俺を召喚び出した事も含めて、露骨に見下されているな、あいつは……) そのやり取りを見た龍麻は疑問を抱きつつも、手にした情報端末に素早く授業の内容を打ち込んでいく。 ――曰く、『火』『水』『土』『風』、そして喪われたとされる『虚無』という、五つに系統される魔法。 『土』の魔法だと、建築や鉱業、農業の殆どが魔法とその成果により、支えられている等……。 (成る程。別段『土』にとどまらず、「こっち」は科学に替わり、社会生活の何もかもが魔法とそれを扱う魔術師に 依存、って事か…。「向こう」とは比較する事自体が間違いだろうが、えらく歪な世界だな…) そうして、龍麻や生徒連中の前でシュヴルーズ教諭は『土』の魔法の基本という、『錬金』で いとも簡単そうに教卓の上に置かれた石を、金属へと変えてみせる。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金出来るのは『スクウェア』クラスのメイジ だけです。私はただの…『トライアングル』ですから……』 キュルケとシュヴルーズ教諭の会話を聞きながら、龍麻は驚きを声に出していた。 「話の内容から、「有り」かもとは思ってたが、まさか真物の錬金術にお目に掛かれるとは…! あいつが見たら驚喜するだろうな、多分……」 『トライアングル』やら『スクウェア』の意味も含め、今夜にでも煩がられない程度に雇い主に質問してみるかと、龍麻が考えている所に。 「それでは、おさらいも兼ねて…ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょう」 「え? わたしですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 ――瞬間。 ざわ…ざわ……。 室内の雰囲気が変わった事を龍麻は気付かされ、その強張った空気の中、キュルケが口を開いた。 「先生。それは、止めといた方がいいと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 その発言に教室中の生徒が頷いてみせるが、シュヴルーズ教諭は取り合わず、 ルイズに『錬金』を使うよう促し、彼女も真剣な面持ちで教卓の前に立つ。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 杖を構え、呪文の詠唱に掛かるべく目を閉じ、精神を集中させるルイズ。 一方で、他の生徒連中は姿勢を低くして机の陰へと入ったり、耳を塞いで足早に後ろの席へと下がる…と、いった行動を取っている。 「――もしかしなくても、ヤバそうだな…」 流れと雰囲気から、事の剣呑さを感じた龍麻も用心の為、近くの机を盾にしつつ、ルイズの様子を見守る。 ――詠唱が終わり、杖を振り下ろした瞬間。 拳大の石ころの表面が一瞬輝き…轟然たる爆発を引き起こした。 教卓は爆砕し、至近にいたルイズらは爆風で吹き飛び、黒板に叩きつけられたり、床に這う。 部屋を満たす煙と破片。悪罵混じりの悲鳴に窓硝子の割れる音。更には部屋にいた使い魔達が好き勝手に暴れ出すわと、収拾が付かない有様である。 生徒達の学び舎は、さながら爆弾テロの現場も同様の惨状を呈していた。 「……。此処はボスニアの南か、北アイルランドやヨハネスブルグなのか…?」 唖然とする龍麻。一方で、 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 等と、一斉に上がる糾弾の声。 事の当事者たる二名…、床に倒れ伏したシュヴワーズ教諭を余所に、ルイズが立ち上がる。 外傷こそ無いが、髪や服に外套は所々が裂け汚れて、全身埃塗れに煤塗れ。 火事で焼け出された難民もかくやな格好である。 「――無事だったか。柔弱(やわ)そうで案外、タフな奴だな」 龍麻が呟く中、ルイズは顔や服の汚れを払いつつ、普段と変わらぬ声で言う。 「ちょっと失敗みたいね」 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功確率、殆どゼロじゃないかよ!」 「いい加減にしろよな! ほんとに!」 「反省がないぞ、反省が!!」 が、言い終わるが早いが、声量・数共に、数倍する生徒らのブーイングの前に掻き消される事になる。 (――成る程。『ゼロ』ってのはそう言う意味だったのか。しかし…この件の後始末は俺ら、なんだろうな……) ――程無くして、騒ぎを聞き付けて来た他の教師達により、シュヴワーズ教諭は医務室へと担ぎ込まれ、 他の生徒達には昼迄の自習が言い渡された。 そして、騒ぎの張本人たるルイズ本人には、ペナルティとして魔法を使わず(元々使えないが)に、部屋の後始末と修繕が命じられる事となる。 恨みがましい視線と罵声にイヤミを投げ付けながら、生徒連中と教師達が教室を後にすると、 残った二人…は荒れた室内を見回すと、それぞれの表情で溜め息をついたり、以後の段取りを立てたりする。 「…取り合えずは、だ。着替えて来たらどうだ? で、帰りにバケツに水を汲んで持って来てくれたら、その分早く終わるんだけどな」 ちら、とルイズの格好を見やって龍麻はそう声を掛けると、早速仕事に取り掛かる。 ――割れた硝子を掃き集め、元教卓な破片や壊れた机に椅子等と纏めて室外に出す。 暫くして、着替えを済まし戻って来たルイズが(以外にも)バケツを持って来てくれた事に礼を言うと、また次の作業に移る。 元来、龍麻は嫌な事から先に片付ける主義であり、本質的には勤勉を尊び、怠惰や手抜きを嫌う。 ルイズから場所を聞くと、倉庫から予備の机や教卓を運び入れ、所定の位置へと据え付けていく。 「…もう、わかったでしょ」 かたや、嫌々といった動きと表情で、机の汚れを拭くルイズがふと口を開いた。 「話は後だ。口より手を動かさないと、終わらないぞ」 「うるさいわね! 今だって、何にも考えてないような顔して、あんたも内心じゃわたしをバカにしてるんでしょう…!? ええ、そうよ。あんたが気にして、キュルケや他のクラスメイトが言った通り、わたしは魔法が使えない、成功しない、『ゼロ』のルイズよ!!」 突然の癇癪にも、手を止めず、振り向かずに応じる。 「勝手に決め付けるない」 「ふんだ! 口では何とだって言えるわよ!」 床か机を蹴り付けたらしき音と同時に、憎まれ口が飛んでくる。 「そう思うのは勝手だが…、大体、何を根拠に俺もそうだと、決め付けて掛かるんだ?」 言った所で水掛け論にしかならんと思いつつも、応じる。 「また、白々しい事を! いつも、誰も彼もそうだったわよ!! みんな、わたしのした事を見た後で、 白い目で見て笑うのよ! 貴族なのに、メイジなら誰でも出来る事、初歩のコモン・マジックさえ出来ない、半端者の『ゼロ』だって! わたしだって…、わたしだって好きで爆発させてる訳でも無いし、失敗したい訳じゃないわ…!!」 「なら尚の事、一緒にするな。失敗したといっても、まだ取返しが利かん事は無いだろ。捨て鉢に成るのはまだ早い。 俺はお前が何者だろうが、含む様な所は無いし、他人を下に見て、自分が優れてると思いたがってる輩なぞほっとけばいい」 そう言っても、まだ棘の有る視線が無形の針となってこちらに突き立てられるのを感じ、龍麻はルイズの方へと振り向く。 両者の身長差は30cm以上あるのだが、ルイズは両手を固く握り締め、 唇を一文字に引き絞った、険の有り過ぎる表情で睨み上げて来る。 「…何よ。言いたい事があるなら、言ってごらんなさいよ! 使い魔風情が何をさえずるか、聞いてあげようじゃない」 「俺は魔術師じゃ無いし、この世界の事はまるで分からん。だからお前の抱えた問題だって解決は元より、 助言一つ出来んが…経験上、これだけは断言出来る。《力》の有無で、人間の有り様や値打ちは決まりはしない、ってな」 ルイズの顔を真っ正面から見据え、言い切る。 「…『信じろ』なんぞと、図々しい事は言わない。俺は、原因や理由次第では失敗した奴に怒りはするが、 それを盾にして相手を一方的に謗り、辱める様な真似はしない。この一件にしても、怒る様な事では無いし 『ゼロ』だ何だの、俺には関係無い。お前が、俺の中の仁義や良心に背いたり、どう考えても間違った事を手を染めない限り、 此処にいる間はお前の手伝いと外敵が現れた時はそれを追い払うのが仕事だし、今はそれをこなすだけだ」 一息に吐き出した後、背を向けて掃除を再開する。 「…悪い。随分勝手というか只、一方的に言いたてただけだったな。聞き流してくれていい」 ――何の《力》を持たずとも、己の信じる所を貫き徹して、理不尽や現実に立ち向かった者がいた。 酷い逆境や業を抱え、あるいは自分の無力を嘆く事はあっても尚、『護りたい』と いう想いを一心に抱いて、前を見続けて歩く事を諦めなかった者も、男女問わずいた。 (いや、特別な《力》で無くたっていい。小さくとも他人からの吹聴や外圧を撥ね除けるだけの、 『何か』を自分自身の裡から見出だせりゃ、こいつも変わっていけるとは思うんだが…。こればっかりは、 他人がどうこう出来る訳でも無いしなあ…) 再び、床や壁の汚れを雑巾で拭き清めながら、龍麻は思案する。 「………」 龍麻からルイズの表情は窺えないし、黙り込んだままだが、それでも彼女が先程迄振り撒いていた癇気が僅かながらも、下がったのが感じられた。 …駄菓子菓子。会ったばかり、しかも第一印象とそこからのやり取りも加え、両者の関係は確認する迄も無く最悪に近い訳で。 そんな人間から何か言われた所で、古くは物心付いた頃からだろう鬱積した澱みや、激情等が抑まる筈も無く。 「…取り敢えず、あんたの言い分はわかったわ。随分と言いたい放題、無礼勝手な駄犬だけど、 ご主人様を立てるって事ぐらいは弁えているようね」 そんな、不機嫌さに満ちた声が背後から響いて来る。 「…で、何が言いたいんだお前?」 「簡単よ。残った場所の掃除、全部あんたがやりなさい。わたしの手伝いをするのが、あんたの仕事でしょ? 何か間違ってる?」 当然の様に言い放ち、雑巾を放り出すと、ルイズは出入り口へと足早に向かう。 「って、お前は何処へ行くんだ?」 「食堂よ。そろそろお昼の時間だし、午後からの授業の用意もあるもの。 …いい? わたしがいないからって、さぼるんじゃないわよ?」 等と、腰に手を当てながら念入りに釘を刺す。 「あっそ。行くならどうぞ。この程度なら、一人でも手は回るしな」 「ええ。そうさせて貰うわ。終わったら、知らせに来なさい。終わる迄、ご飯ぬきね」 (…言うと思った) 踵を返し、教室を出て行くルイズを見送ると、龍麻はバケツに汚れた雑巾を浸す。 そこから暫し、時は流れ……。 「ふう…」 昼を告げる鐘の音が室内に谺するのを聴きつつ、教室内を見回す龍麻。 床や壁、黒板に机迄もが輝く程に…とはいかないが、ルイズかやらかした爆発事故直前に近い状態にはなっていた。 「この待遇も、“積悪の報い”って奴かもなぁ……」 慨嘆を洩らしながら、掃除用具一式を元の場所に戻し終えて、龍麻は事の次第を報告すべく、教室を後にした。 前ページ次ページゼロの使い魔人
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/995.html
場面はあくまで無情に過ぎる。彼らの発言から、あれから二年の月日が流れ去ろうとしていることがわかった。 リゾット達のチームは、あの事件以来まさに首輪がつけられたような状態になっている。 ギアッチョの眼を通して、彼らに常に何人もの監視がついていることにルイズも気付いていた。 誰も口には出さないが、彼らの中ではどんどん絶望と諦念が大きくなってきている。 それが彼らの一つ目の変化だった。そして二つ目の変化は、チームに新入りが入ったことだった。 ペッシという名のその新入りは、その物腰から察するにおそらくはまだ少年の域を脱しない年齢の男で・・・ おそらくというのは彼には首と呼べる部分がどうにも確認出来ないため輪郭で年齢を判断しにくいからなのだが、とにかく彼はスタンド使いで、その才能を買われてリゾットの暗殺チームに配属されたらしい。 しかし彼は生来の気の弱さで、いつまで経っても見習いの域を脱しないのだった。彼は今、アジトの地べたに座らされてプロシュートに説教を喰らっている。 「プロシュートの奴・・・すっかりペッシの教育係みてーになってるな オレはてっきりお前の出番かと思ってたがよォー」 椅子に腰掛けたイルーゾォはそう言って隣に座るギアッチョに首を向けた。 「ああ? オレは他人に説教くれてやるような人間じゃあねーぜ」 両足をテーブルに投げ出すと、ギアッチョはそう言って鼻を鳴らす。 「説教なんてのは他人を気にかける心のある奴がするもんだからな・・・」 オレはそんな出来た人間じゃあねえと自嘲気味に笑って、ギアッチョはペッシに眼を向ける。イルーゾォはそんなギアッチョからすっと目線を外すと、 「オレはそうは思わないがな」 と冗談めかした笑いに乗せて呟いた。プロシュートとペッシを見ていた彼にその言葉は届かなかったようだが、彼女に・・・ルイズにだけはしっかりと聞こえていた。 ――わたしも・・・そう思うわ イルーゾォ・・・ ギアッチョは自分やキュルケ達を幾度となく怒ってくれた。ルイズは気付いている。それは教師達のようなゼロの自分への嘲りを含んだ怒りなどではない、人を侮辱するところのない真の怒りだった。 そしてそれは、合図のノックを足音代わりにやって来た。イルーゾォが開けた扉から入ってきたリゾットはまず周囲を見渡し、そこに全員が揃っていることを確認してから―― 「ボスに『娘』がいるという情報が入った」 自らの口で、終焉の開幕を告げた。 彼らがどんな反応をしたか、いちいち記す必要があるだろうか?ソルベとジェラートの仇を討つ為、己とチームの誇りの為、そして自分達が頂点に立つ為・・・彼らは命を賭けると『覚悟』した。 ――ルイズは奇妙な浮遊感を感じて周りを見る。自分の視点がどんどん上昇して行き、そして彼女の精神は蝉が羽化するように、徐々に・・・そしてやがて完全にギアッチョから離脱した。 おかしい、とルイズは感じた。彼女はこの夢はギアッチョが見ている彼の過去だと考えていたが、しかしそれではこの光景は一体どういうことだ? ブルドンネ街よりも広い、黒っぽい地面の大通り。両脇には見たこともないデザインの建物が立ち並び、その路傍には2.5メイル前後ほどの恐らく鉄製のオブジェがまばらに点在し・・・そしてその内のいくつかが派手に炎上している。 いつの間にか彼女はそれを上空から眺めていた。 上空?ギアッチョはレビテーションもフライも使えはしないはずだ。ならばこの視点は、一体誰のものだ? どういうことかと考え始めたルイズの思考は、直後彼女の視界に飛び込んできた情報によって綺麗に吹き飛んだ。 ――ホルマジオ・・・!! 炎上する大通りの真ん中に立っているのは、他ならぬホルマジオだった。 血塗れの顔と身体は炎に焼け爛れ、思わず眼を背けたくなるほど痛々しい姿になっている。1メイルほどの距離を開けて、彼はルイズと同年代ほどの背格好の少年と対峙していた。 「来い・・・・・・・・・ナランチャ・・・・・・・・・」 ホルマジオは少年に向けてそう言い放ち、そして数秒の沈黙が走り。 「『リトル・フィィィーート』!!」 「うおりゃあああああっ!!」 ――早撃ちの軍配は、少年に上がった。 「しょおおがねーなああああ~~ たかが『買い物』来んのもよォォーー 楽じゃあ・・・なかっただろ?え?ナランチャ・・・」 ホルマジオは二、三歩よろよろと後じさるとなんとか言葉を吐き出し、 「これからはもっと・・・・・・・・・ しんどくなるぜ・・・・・・てめーらは・・・・・・」 最期にニヤリと笑いながら、豪快な音を立てて倒れた。 ――始・・・まった・・・ 彼らの平穏を、ルイズは出来ればずっと見ていたかった。だがもう遅い。 彼らの死は今始まった。夢であるが故にルイズは眼を覆うことも耳を塞ぐことも出来ず、そしてそんな彼女を嘲笑うかのようにルイズの夢は次の場面を映し出す。 どこかの遺跡だろうか。あちこちが破損し壊落している石造りの建造物、そこにイルーゾォはいた。彼は敵のスタンドに首根っこを掴まれ、石壁にその身体を押し付けられている。ルイズの意識が彼を認識した直後、 「うわあああああああああああ!!」 恐怖一色に染められた断末魔を上げて、イルーゾォは見るも無残に「溶けて」死んだ。 ――いやぁああぁああッ!! ルイズは誰にも届かない声で叫ぶ。どうして、どうしてこんな殺され方をしなければならなかった?彼は確かに暗殺者だった。 だけど彼の心にはいつも仲間達への想いがあった。 彼は決して、このような哀れな死を遂げるべき外道などではなかった――! あまりにも残酷なイルーゾォの死に様に、しかしルイズが心の整理をつけるより早く。彼女を嘲笑うかのように、場面はあっさりと次へ飛んだ。 車輪のついた、長方形の長大な箱。プロシュートはその箱と車輪の隙間に引っかかるようにして横たわっている。 全身からはおびただしい量の血が流れ、その片足は有り得ない方向にひしゃげていた。 そして彼に重なって横たわるプロシュートのスタンドは、その指が、身体が、頭が、止まることなく崩れ続けている。誰がどう見ようが、瀕死だった。 「栄光は・・・・・・」 プロシュートはうわ言のように言葉を紡ぐ。 「・・・・・・おまえに・・・ ・・・ある・・・・・・ぞ・・・」 彼は正に死のその間際まで、ペッシのことを忘れなかった。「オレはお前を見守っている」と、彼はそう言った。 瀕死のプロシュートには、スタンドの発現は恐らく相当身体に負担をかけているはずだ。しかし一人戦うペッシの為に、 そしてチームの栄光の為に、彼は決してスタンドを解除しなかった。 だが、ペッシは―― 「このままで・・・・・・・・・・・・ガブッ・・・」 口から大量に血を吐きながら、彼は己を重症に追い込んだ男を睨む。 「済ませるわけにはいかねえ・・・・・・・・・」 ペッシの手には、拳よりも少し大きな程度の亀が掴まれていた。 どうやら男にとって相当に大事なものらしいそれを殺すことで、ペッシはせめてもの意趣返しをするつもりらしかった。男がペッシを見据え、 「堕ちたな・・・・・・ただのゲス野郎の心に・・・・・・・・・・・・!!」 そう言うと同時に、ペッシは亀を振りかぶり―― 「何をやったってしくじるもんなのさ ゲス野郎はな」 一瞬の駆け引きの後、男の無数の拳撃を受けてペッシの身体はバラバラに分解されて吹っ飛んだ。そしてプロシュートは偉大に、ペッシは惨めに。 二人は殆ど同時に、だがその『誇り』に天と地ほどの差を空けて死んだ。 ルイズはもはや声もなく彼らの死を見つめる。己の心をひとかけらでも言葉にすれば、全てが堰を切って溢れ出しそうで。 彼女は震える心を必死で抑えて、動かない眼で彼らを見つめ続けた。 作業的な間隔で、場面は次に移る。ルイズの眼前に新たに映し出された 場所は、どうやら先ほど見た長く大きな箱を収容する施設であるようだった。 収容された箱から出てきたメローネの、 「聞こえてるぜギアッチョ!」 という言葉にルイズはビクリと反応する。ギアッチョの名前は、今最も聞きたくなかった。彼が死ぬ場面を見てしまうなど、ルイズにはこれ以上ない拷問である。 しかし彼に先んじて命を落とす運命にあるのはメローネのようだった。 ギアッチョと会話をしているらしい彼に、ボトリと焼け焦げた蛇が落ちる。 スタンドの性質上、彼は常に安全な場所にいる。追われる身である「奴ら」が自分の位置を把握することなど不可能、ましてや攻撃を受けることなど有り得ない――そう油断していた彼の肩の上に、いきなり敵意を剥き出しにした蛇が落ちてきたのである。 彼が無様に取り乱すのも無理からぬことであった。 「あの『新入りの能力』ッ!おれのベイビィ・フェイスの残骸をひいいいいいいいいいいいいッ!!」 彼は絶叫し、そしてその大きく開いた口から覗いた舌に焼ける毒蛇は喰らいついた。 ――・・・・・・・・・もう・・・・・・やめて・・・ 一体誰に言えばいいのだろう。分からないままに、ルイズは言葉を絞り出した。 残った7人の内、5人が死んでしまった。たとえリゾットがボスを倒したとしても、もうあのアジトに彼らの喧騒が戻ることはない。二度と。永久に。 ――お願いだから・・・もうやめて・・・! あらゆることが手遅れであると知りながら、ルイズはもはや過ぎ去った残像に、虚しく呼びかけ続けた。 そして彼女の夢は、とうとう彼の使い魔を映し出す。 ――・・・ギアッチョ・・・!! 粉々に破壊された像のそばを、運河が流れていた。そのほとりに、白銀のスーツを着た男が立っている。つま先から頭までを余さず覆うそのスーツから覗く顔は、紛れもなくギアッチョのものだった。 「とどめだッ!ミスターーーーーーーーッ」 ギアッチョがそう叫ぶと同時に、彼に対峙していた男の全身から血が吹き出した。 ミスタと呼ばれた男はしかし、大きく仰け反りながら呟く。 「ああ・・・確かに『覚悟』は出来たぜ・・・ジョルノ」 「見ッ・・・・・・見えねえ・・・・・・・・・ 血・・・血が凍りついて・・・固まっ・・・!!」 ミスタの血しぶきが顔面にかかり、それは一瞬で凍結してギアッチョの視界を奪った。 ドンドンドンドンッ!! ミスタがかざした鉄の器具が火を噴く。どうやらあれは小さな銃のようだ・・・が、ルイズにそんなことを気にしている余裕はなかった。 前が見えずにヘルメットを引っかいている間に、ミスタの銃撃によってダメージこそないもののギアッチョはどんどん後方へ押されて行き、とどめの一発を足に喰らって彼は全体重を掛けて後ろへ仰け反り―― ドスッ!! 彼の延髄に、槍のように彫刻された鉄柱が突き刺さった。ルイズは思わずひっと声を上げそうになるが、幸いにも致命傷には至らなかったらしく、数分後には死ぬのだと分かっていつつも、彼女はほっと胸をなでおろした。 「おまえ・・・このオレに・・・・・・ 『覚悟』はあんのか・・・と・・・ 言ったが見してやるぜ」 そう言ってミスタはギアッチョを見据える。今にも失血死しそうなほどに血に塗れた身体だが、その眼光だけは獣のようにギラついていた。 「ええ・・・おい 見せてやるよ」 ようやく前が見えるようになったギアッチョは、ミスタの姿を見た瞬間彼の意図に気付いた。 「ただしお前にもしてもらうぜッ!! ブチ砕かれてあの世に旅立つってェェ覚悟をだがなああああああああ~~~~~ッ!!」 「やばい・・・こいつを引っこ抜かなくてはッ!!」 野郎、このままオレを死ぬまでのけぞらせる気だッ!ギアッチョは必死に鉄柱に手を伸ばすが、 ガァーン!! ミスタの銃弾によってその手は簡単に弾かれる。そしてミスタの更なる連射によって、ギアッチョの身体はどんどん仰け反って行く。 「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」 しかし、それと同時に彼の放った弾丸が彼自身にどんどん跳ね返り始めた。 「突っ切るしかねえッ!真の『覚悟』はここからだッ!『ピストルズ』ッ!てめーらも腹をくくれッ!!」 跳弾によってミスタの身体は至る所が弾け始めるが、彼は構わず銃を乱射する。 「おおおおおおおおおおおおおおお!!」 そして、ミスタがついに崩れ落ちたその瞬間、ギアッチョの首から大量の血が吹き出した。 ――ギアッチョ!! ルイズは耐え切れずに叫ぶ。しかしギアッチョはギリギリのところで生きていた。 「違・・・う・・・な・・・ ・・・ガブッ! 『覚悟』の強さが・・・・・・ ・・・・・・『上』・・・・・・なのは・・・ オレの・・・・・・方だぜ・・・グイード・ミスタ・・・」 瀕死の状態で、ギアッチョはなんとかそう口にする。 「ここまで・・・オレを追い込んだのはミスタ・・・ 敬意を表して・・・ やる・・・だが・・・・・・今度・・・覚悟を決めてギリギリのところで 吹き出す『血』を利用するのは・・・ オレの方だ・・・ ミスタ」 そう言ったギアッチョの後頭部は、吹き出した血が既にガッチリと凍って完璧なストッパーになっていた。その直後、未だ宙を舞っていた最後の弾丸がついに完璧な角度で跳ね返り―― 「頭にッ!勝ったァーーーーーッ!!」 ミスタの額に突き刺さった。 「!! う!? 傷が・・・!?」 しかしその瞬間、額の弾痕は完全に消え去り 「な・・・・・・!!」 いつのまにか、ミスタを抱えてその後ろに金髪の少年が立っていた。 「ミスタ・・・ あなたの『覚悟』は・・・この登りゆく朝日よりも明るい輝きで『道』を照らしている」 「なんだってエエェェェエエェ!!?」 グシャグシャグシャドグシャアアッ!!! 「うぐええッ!!」 ズン!!と鉄柱がギアッチョの喉を突き破り。彼は万感の無念と己を打ち破った彼らの『覚悟』へのひとかけらの賞賛と共に、事切れた。 ――あ・・・あぁぁああ・・・ッ!! ギアッチョが『覚悟』というものに拘る訳を、ルイズは理解した気がした。 しかし今ルイズの中に渦巻いている果てしない悲しみは、そんな理解を紙のように吹き飛ばす。これは過去だ、ただの夢だと自分に言い聞かせるが、彼の壮絶な死に様はそんな逃避を許してはくれなかった。ルイズはギアッチョの名を、まるで壊れた蓄音機のように何度も何度も叫び続けた。 そして場面は、次へ進む。 ――・・・・・・・・え・・・? その異変に、ルイズは思わず我に返る。これはギアッチョの夢のはずだ。ならばどうして先がある?どうして、この夢は新しい風景を映し出す・・・? そうか、とルイズは思った。そもそも途中からおかしかったのだ。ギアッチョが知るはずのない光景を見ていたことが。 ギアッチョ自身の死に様を、遠くから見つめていたことが。誰かの意図なのか、それともこれは何かの奇跡なのか? そんなルイズの思案をよそに、眼前の過去は展開していく。 遠くに館と海の見える岩場。そこにいたのは、やはり彼だった。 ――・・・・・・そ・・・んな・・・・・・リゾット・・・ リゾットは血まみれで倒れている。傍目から見ても、治癒は絶望的だった。 そんな彼の傍らに腰を落とし、一人の男が彼を見下ろしている。 リゾットはもはや焦点の定まらない眼で男を見返していた。 「ついに・・・オレ・・・は・・・ つか・・・んだ・・・・・・ あんたの正体を・・・オレは・・・」 正体。彼らがこの言葉を使う時、それはとりもなおさずボスのことを意味する。 リゾットは今、「あんたの正体」と言った。つまり彼を見下ろすこの男こそが、他でもないボス自身・・・!男・・・いや、もはやボスと言うべきか。 ボスは今ルイズに背中を向けている。後ろから見る限りその身体には傷一つついていないが、異常なまでに苦しげな呼吸をし続けていることから察するとリゾットとの戦いでボスもまた相当なダメージを負ったと考えていいはずだ。 「最期に顔を・・・見せ てくれ・・・ 逆光で よく・・・見えない 顔を・・・」 片膝をついて荒い呼吸を繰り返すボスにリゾットがそう懇願するが、 「それ以上・・・・・・ここでその会話をすることは許さない・・・リゾット・ネエロ」 彼はそれを冷たく跳ね除けた。片手に持っていたリゾットの足首を投げ捨てて、ボスは苦しげに呼吸を続ける。 「おまえは自分がここまでやれたことを 暗殺チームのリーダーとして、『誇り』にして死んでいくべきだ・・・ あの世でおまえの部下達も納得することだろう」 そう言ってから、ボスは自分の身体から奪った「鉄分」を戻せば潔くとどめを刺してやろうとリゾットに取引を持ちかけた。 もうすぐここにギアッチョ達を殺した連中がやってくる。そいつらの前で次第に惨めに死んでいくのは屈辱的ではないか?今ならこのボスが直々に名誉ある死を与えてやろう。 そんなボスの交渉に、リゾットは聞き取れない声で何かを呟く。 「よく聞こえないぞ・・・・・・ すぐに『鉄分』を戻すのだ・・・リゾット・ネエロ」 ぼそぼそと何かを呟き続けるリゾットの口に、ボスが耳を近づける。 「ひとりでは・・・ 死なねえっ・・・・・・ 言ったんだ・・・」 その言葉に、ボスはバッとリゾットの顔に眼を向け、そして彼の決死の『覚悟』を秘めた赤眼にようやく気付いた。 「今度はオレが・・・利用する番だ 『エアロスミス』を・・・ くらえ・・・・・・!!」 リゾットがそう言うと同時に、ボスの後ろから無数の弾丸が発射された。 ホルマジオの命を奪ったスタンド――エアロスミスだった。 しかし、一瞬の後に全身から鮮血を吹き出したのは、ボスではなくリゾットだった。 最期の一瞬、彼は何を考えていたのだろう。真っ赤に充血したその眼からは、もはやいかなる感情も読み取ることは出来ない。リゾットは被弾の衝撃にガクンと身体を震わせると、一言も発することなく息絶えた。 ――・・・そんな・・・・・・・・・そんな・・・! どうしてエアロスミスとリゾットを結ぶ射線上にいるボスが無傷なのか?どうしてエアロスミスがボスを撃ったのか?そんなことはどうでもよかった。ルイズの心を埋め尽くした事実はたった一つ。リゾットが死んだ。それだけだった。 あの穏やかなリーダーが、冷徹な表情の下で何よりも仲間のことを大切に考えていたリゾットが、死んだ。チームの最後の一人が――殺された。彼のチームは、消えてなくなった。 ――・・・・・・こんな・・・ことって・・・・・・!! 絶望に打ち震えるルイズをよそに、世界は白く染まり始める。白いインクを垂らした ように始まった白化は加速度的に進行し、 「しかし・・・くそ・・・ みごとだ リゾット・ネエロ・・・・・・・・・」 一人呟くボスの声を最後に、ルイズの夢は完全に白に閉ざされた。 「いやぁああぁああああああああッ!!!」 自分自身の悲鳴で、ルイズは跳ね起きた。 「・・・ぁあっ・・・!・・・っはぁ・・・はぁ・・・ッ!」 窓の外は、未だ双月が輝いていた。窓から差し込む月の光を眺めながら、 ルイズは徐々に今まで見ていた夢の事を思い出してゆく。 そうだ。 心地のいい夢だった。 ギアッチョと仲間達の思い出。いつまでも見ていたかった思い出・・・。 だけどジェラートが死んで、ソルベが死んで・・・ギアッチョ達が反逆して。 そして、死んだ。 全員死んだ。 リゾットのチームは、全滅した。 「・・・・・・全滅・・・した・・・・・・」 ルイズの口から、我知らずその言葉がこぼれ出た。そしてそれと同時に、彼女の鳶色の瞳からはぼろぼろと涙が溢れてくる。 「・・・うっ・・・うう・・・・・・!・・・こんなの・・・・うっく・・・・・・こんなの酷すぎる・・・!」 ルイズは肩を震わせて泣いている。ルイズが彼らを知ったのはほんの数時間前のことだ。だがその数時間で、ルイズは彼らと無数の喜怒哀楽を 共有した。もはやルイズにとって、彼らはただの他人などでは断じてない。 だからこそ、彼らの死はルイズに果てしない痛みを負わせた。 ふっと部屋が明るくなる。それに気付いたルイズが顔を上げると、ギアッチョがランプをいじっていた。ルイズの視線に答えるように、彼はルイズに眼を向ける。 「・・・『見た』・・・みてーだな ルイズ・・・てめーも」 夢を共有していたわけか、とギアッチョは呟いた。もはやこの程度のことで、彼は驚かないようになっていた。 「っ・・・・・・どうして・・・っく・・・そんなに・・・冷静でいられるの・・・?」 涙のせいで何度もしゃくりあげながら、ルイズはギアッチョを見る。 「・・・っく・・・ひっく・・・・・・ こんなのってない・・・!」 何か言葉を出す度に、ルイズの涙は量を増してこぼれ続けた。 「・・・っう・・・どうして・・・こんな酷い死に方をしなきゃならなかったの・・・!?」 プライドも忘れて泣きじゃくる彼女に、ギアッチョは冷たく言葉を返す。 「人殺しにゃあ似合いの末路だ」 ゆっくりとルイズに近づくと、ギアッチョは彼女を見下ろして続けた。 「マトモに死ねる奴のほうが珍しい・・・オレらの世界ではな」 ギアッチョは達観したかのような物言いをするが、そんな世界などとは勿論無縁に生きてきたルイズに彼らの死を同じように受け入れられるはずもない。 彼らの名誉一つない惨めな死を、納得出来るはずもない。 「そんなのっ・・・ ・・・うっく・・・そんなのおかしいわ・・・!」 ルイズはぶんぶんと首を振る。彼女の頬を伝う涙が、雫となって宙を舞った。 ギアッチョはほんのわずか――長く付き合った者にしか分からない程に―― そして一瞬だけ、困惑したような表情を見せる。それからがしがしと頭を掻くと、ギアッチョはルイズのベッドに腰掛けた。 「・・・ソルベとジェラートは・・・違う」 「・・・・・・違う・・・?」 何が、という部分を省いたギアッチョの言葉に、ルイズは当然疑問を感じる。 ギアッチョはまるで独白するような調子でそれに答えた。 「あいつらは・・・恐らく何も知らないままに 一方的に虐殺された・・・ だがオレ達他のメンバーは違う 真正面から奴らに挑み、力の全てを出し切って戦い、そして死んだ」 ま・・・一部情けない死に様を晒したバカもいたみてーだが、とそこだけ呆れたような口調で言ってから、ギアッチョは真面目な顔に戻って続ける。 「・・・だからオレはあいつらの死を受け入れる オレが嘆き悲しむことは、あいつらの誇りを侮辱することに他ならねーんだ」 ルイズに背中を向けたまま、ギアッチョは言葉を繋いだ。 「他の誰が嘲笑おうと――オレはあいつらの死を誇りに思う」 ギアッチョの言葉はまるで折れることの無い名剣のように、ルイズの心に真っ直ぐに、そして鋭く突き刺さった。 自分は結局、彼らのことなど何も分かっていなかったのだろうか?そう思うとルイズの心は割れんばかりに痛みはじめる。 「・・・だがよォー」 ぽつりと、ギアッチョは呟くように口を開いた。 「ルイズ・・・てめーはそれでいい てめーは泣いてやってくれ」 その言葉に、ルイズははっとギアッチョの背中を見つめる。 「全く救いようのねー人殺し共だがよ・・・ 自分の為に流される涙が一粒でもあるなら人生御の字じゃあねーか」 その言葉に、ルイズの乾きかけた瞳は再び涙を溢れ出させた。 「・・・・・・うん・・・・・・うん・・・・・・っ!」 ルイズは立てた両膝に顔をうずめて泣いた。どうして気付かなかったんだろう。 ギアッチョはこんなにも彼らのことを想っているじゃないか・・・。 ルイズは声を押し殺すのをやめた。彼らの名誉を守り続けるギアッチョの後ろで、彼らの魂の為に、そして何よりギアッチョの為に、ルイズは声を上げて泣いた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1581.html
ごうごうと音を立てて風が吹き付ける見張り塔で、ギアッチョとワルドは まるで決闘のように対峙していた。傲然たる態度で己を眺めるギアッチョを 見返して、ワルドは今まで見せたことのない猛禽のような眼つきで笑う。 「それで?僕に話があるんだろう 王宮の話でも聞きたいのかな? グリフォン隊の武勇をご所望かい?それとも――」 杖をヒュンヒュンと回して、カツンと地面を叩く。 「ルイズの話、かな」 退屈そうにワルドを睨んで、ギアッチョは口を開いた。 「人間にはよォォ~~~、目的ってもんがあるよなァァ 目先の話じゃあ ねー、いつか辿り着くべき『場所』の話だ」 「・・・・・・?」 もはや擦り切れて思い出せないが、自分にも恐らくそれはあったのだろう。 遥か過去を思い出しかけた自分をナンセンスだと切り捨てる。真っ向から ワルドの眼を覗き込んで、ギアッチョは言葉を繋いだ。 「或いはこんな話もよくあることだ それで物事の全体だと思ってたもんが、 目線を引いてみるともっと大きな事象の一部だった・・・ってな」 更に鳥瞰すれば、全ての事象は是人生の一部に過ぎないと言えるだろう が――敢えてギアッチョはそこで言葉を切った。 「・・・すまないが、話が抽象的過ぎて言わんとしているところが掴めないな 君らしくもなく迂遠じゃあないか?ギアッチョ君」 大げさに肩をすくめてみせるワルドから、ギアッチョは眼を離さない。 「はっきり言って欲しいってわけか?」 「・・・・・・」 スッと帽子を取り去ると、ワルドは髪をかきあげて改めてギアッチョを見る。 その眼も口元も、もはや笑いを続けることをやめていた。 「結婚をすることで――僕がルイズを何かに利用しようとしていると 言いたいのか?」 二人は先ほどまでと変わらず悠然と対峙している。しかしもし殺気という ものが視える人間がいたならば、彼には二人の間に暴力的なまでの それが吹き荒れていることが解っただろう。 「そう聞こえたか?」 焦ったようでも怒ったようでもない、さりとて人を小馬鹿にするような 顔でもない、有体に言えば無表情な顔のまま、ギアッチョはしれっと 言ってのける。 「ま、言われてみれば確かにそうだよなァァ 聞けばてめー、今まで 何年も会ってない上に手紙の一つも送らなかったそうじゃあねーか てめーとルイズは『偶々偶然』同じ任務に居合わせただけってわけだ」 「・・・・・・」 「今思えばよォォ~~ ラ・ロシェールに着いた翌日からルイズの様子が 妙だったが・・・てめー、あの時既にプロポーズしてたな ええ?オイ どうにもおかしな話じゃあねーか」 そこでギアッチョは一度言葉を止める。と同時に、ギアッチョから今までと 別種の殺気が噴き出し始めた。 「『ウェールズは明日死ぬ、だからその前に式の媒酌をして欲しい』・・・ これは分かる スゲーよく分かる・・・死んじまっちゃあ式は挙げれん からな・・・・・」 「ダ、ダンナ・・・!」 思わずデルフリンガーが叫びを上げるが、もう遅い。 「だが数年ぶりに偶然会ったその日のうちにプロポーズってのはどういう ことだあああ~~~~~ッ!!?ええッ!?オイッ!!誰がどう見ても 不自然だっつーのよーーーーーッ!!ナメやがってこの野郎ォ 超イラつくぜぇ~~~~ッ!!スピード結婚もビックリじゃあねーか! 馬鹿にしてんのかこのオレをッ!!クソッ!クソッ!!」 時と場所と場合の全てを省みずブチ切れたギアッチョには、流石の ワルドも唖然とした顔を隠せなかった。 手近の柱を狂ったように蹴りまくるギアッチョに、デルフリンガーが 声を張り上げる。 「ダンナーッ!ストップストップ!落ち着こうマジで!!クールダウン クールダウン!KOOLに・・・いやさCOOLに!COOLになれ!」 デルフの悲痛な叫びが届いたのかどうなのか、ギアッチョはピタリと 足を止めるとワルドにあっさり向き直った。 「でだ」 実に切り替えの早い男である。おでれーたってレベルじゃねーぞと 呟くデルフを無視して、ギアッチョは何事もなかったかのように 話を再開する。 「貴族派の連中に襲われる危険を冒してまでよォォ~~、明日 無理に式を挙げる理由があるってぇわけか?それなら是非教えて 欲しいもんだな・・・てめーの行動はオレにゃあまるでこの旅が 最後のチャンスだと語ってるようにしか見えねーぜ」 言い終えて、ギアッチョはどんな隙も逃がさんばかりの視線で ワルドを刺す。 「・・・一つ、言っておくが」 既に平静を取り戻していたワルドは、ギアッチョの視線をものとも せずに彼を睨み返した。 「現実は物語とは違う 何もかもが論理的に進むことなどありはしない 何故なら人間は、理のみによって動くものではないからだ」 「・・・・・・」 今度はギアッチョが沈黙する番だった。一瞬たりとも彼からその 鋭い双眸を逸らさずに、ワルドは淀みなく言葉を続ける。 「聡明な君ならば理解してくれるだろうが、人の行動を理詰めで 推し量ろうとしても、必ずどこかで綻びが出る 何故か?答えは 簡単だ 論理的思考というものは――偶然を容認しないからだ」 「偶然を除去し、蓋然を必然に摩り替える それは真実を糊塗する 欺瞞に他ならない なんとなれば、人の行為とは全て偶然の集積に よって決定されるものであるからだ」 風は吹き止まない。月に反射して美しくなびくワルドの銀糸を、 ギアッチョは鼻白んだように眺めた。 「一見不自然に見えることも全て偶然だと、そう言いたいってわけか?」 「理解が早くて助かるね 一々説明する気はないが、彼女に手紙を 出せなかったことも会いに行けなかったことも、つまりはそういうことだ」 ゆっくりと、ワルドは楼上を歩く。ギアッチョを通り過ぎ、そのまま端まで 歩を進める。先ほどまでギアッチョが眺めていた雲海を見下ろして、 ワルドは再び口を開いた。 「僕はルイズを愛している 僕には彼女が必要なんだ 嘘じゃない これは紛れもない、僕の本心だ」 ばさりとマントを翻して、こちらを睨むギアッチョに向き直る。そうして、 ワルドはこの上なく真剣な眼で彼を見据えた。 「君は僕がルイズの権力や財力を狙っているのかと疑っているんだろうが …それは断じて違う 始祖ブリミルの名にかけて、天地神明天神地祇、 万物万象にかけて言おう 僕が欲しいのは、ただルイズだけだ 彼女に 付随する如何な力も要らない たとえ彼女が今、全ての富と権力を―― ヴァリエールの名を失ったとしてもかまわない 僕はルイズという人間が 欲しいんだ」 朗々と言い放たれたワルドの言葉に、ギアッチョは僅かに眉根を寄せる。 今の発言に嘘が含まれているようには思えなかったのだ。 押し黙って動かないギアッチョに、ワルドはフッと笑いを戻す。 「理解してもらえたようだね 話はそれだけかな?」 「・・・ああ」 ギアッチョの返答に満足げな顔をすると、ワルドは帽子を深く被り直す。 彼の横を通って扉の奥へ消えるまで、ワルドはギアッチョを一顧だに しなかった。 ワルドがいなくなったことを確認して、ギアッチョは不機嫌そうに首の 骨を鳴らした。 「大した詭弁だな・・・ヒゲ野郎」 メイジよりもソフィストのほうが向いてるぜと毒づくギアッチョに、 デルフリンガーが恐る恐る声を掛ける。 「・・・ダンナ やっぱりあいつは黒なのかねぇ」 「分からん」 「え?」 「こいつは感覚だがよォォ~~~ 野郎の最後の言葉・・・あれだけは どうにも取り繕ってるような感じがしねー」 「するってーと・・・?」 「ただの感覚だ、アテにゃあならねーよ 第一、そうだとしても依然 奴には不自然な部分が多すぎる」 「ま・・・そりゃそうか そんじゃ今すぐにでも部屋に戻ってルイズの 嬢ちゃんにこのことを――」 「いいや あいつには黙っとけ」 ギアッチョの言葉に、デルフは「へ?」と間抜けな声を上げた。 「え、いや、だってダンナ、このまま結婚しちまったら・・・」 「ワルドが白の可能性もある もしも真実奴が黒なら、必ず明日 行動を起こすだろうからな・・・そこで殺しゃあいい だが野郎が 白だったなら――ルイズの決断に水をさすことになる」 言い終えると、ギアッチョはデルフが何か口にする前に彼を 無理やり鞘に戻した。その格好のまま、ギアッチョは星辰煌めく 天空を振り仰ぎ。そこから何一つ言葉を発することなく、彼は ゆっくりと扉の奥へ歩き去った。 こうして騒がしい一日は終わりを告げ――そして、幾人もの運命を 別つ朝が来る。 「では、式を始める」 静謐に満ちた堂内に、ウェールズの声が凛と響く。ニューカッスル城の 片隅に設えられた小さな礼拝堂、そこがルイズとワルド、二人の婚礼の 舞台であった。非戦闘員は既に港に向かい、兵士達は最後の戦いの 準備を始めている。式を見守っている人間は、ギアッチョとギーシュ、 それにキュルケの三人だけだった。 「・・・ねえ どうしてタバサがいないんだい?」 ギーシュがこっそりとキュルケに尋ねるが、 「私も知らないのよ 起きたら部屋にいないんだもの・・・」 帰ってきた答えはこれであった。心配そうな顔をする二人を横目で 見て、ギアッチョは眼鏡を押し上げる。 「タバサのことは心配しなくていい ちょっとした野暮用だ」 「え・・・ちょ、ちょっと!どうして止めないのよこんな時に!」 「オレが頼んだことだ 文句は後で聞くぜ」 顔を寄せ合ってぼそぼそと続けられる彼らの会話は、ウェールズの 声によって中断された。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」 ウェールズの朗とした声が、ワルドに投げかけられる。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻と することを誓いますか」 重々しく頷いて、ワルドは杖を握った左上を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って頷くと、今度はルイズへと視線を移す。 恥ずかしいのか俯いているルイズに微笑んで、ウェールズは彼女に 儀礼の言葉をかけた。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ ド・ラ・ヴァリエール 汝は始祖ブリミルの名において――・・・」 顔を俯けたまま、ウェールズの声が響く中ルイズは必死に自分の心と 戦っていた。一晩経って今日、彼女の葛藤は消え去るどころか更なる 重みを持ってルイズを苛んでいた。ワルドと結婚するのだと、彼を 愛しているのだと思おうとすればするほど、ギアッチョのことが頭から 離れなくなる。それはまるで、自分の中のもう一人の自分が「それで いいのか」と問い掛けているようで、ルイズの胸は訳も分からず 痛んだ。それでいいに決まってるわ、と彼女は言い聞かせるように 自答するが、それは自分でも驚く程に弱弱しいものだった。どうして こんなに胸が苦しいのだろう。どうしてギアッチョの顔を直視出来ないの だろう。ギシギシと痛む己の心に自問を続けながらも、ルイズは 答えを知ってしまうことが何故だかたまらなく恐かった。 「新婦?」 心配の色を含んだウェールズの問いかけで、ルイズはハッと 顔を上げた。ウェールズとワルドが、それぞれ異なる色の瞳を ルイズに向けている。 「えっ・・・あ・・・」 思わず言葉にならない声を上げるルイズに、ウェールズは 優しく微笑みかけた。 「緊張しているのかい?硬くなるのは仕方がないさ 何であれ、 初めてのことは緊張するものだからね これは儀礼に過ぎないが、 しかし儀礼にはそれをするだけの意味がある」 「では続けよう」というウェールズの言葉に、ルイズの心臓は ドキンと跳ね上がった。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し・・・」 ウェールズの口から滔々と紡がれる言葉に同調して、ルイズの 心臓はどんどん鼓動を早めていく。それを止める者などいる はずもなく――ウェールズはついに、再び文句を唱え終わる。 「・・・夫とすることを、誓いますか」 「・・・・・・ち・・・誓い・・・」 言葉が、出ない。まるで喉の水分が全て奪われてしまったかの ように、ルイズの口はそれ以上何も言えなくなってしまった。 ――何をやってるのよ・・・!誓います、でしょう・・・ルイズ! 己の心に叱咤するが、しかし意志に反して、ルイズの喉は ただかすれた息を繰り返す。 ――どうして・・・?どうして言葉が出ないのよ・・・! ルイズは己の心を怒鳴りつけるように独白するが、その言葉すら 大音量で鳴り渡る自身の心音に掻き消されてしまいそうだった。 ウェールズが、ワルドが不安げな顔で自分を見つめている。 もういっそ、彼女は消えてなくなってしまいたかった。自分の心など 誰も分からない。誰も助けてはくれないのだから―― 「ルイズッ!!」 突然の怒鳴り声に、ルイズはびくりと肩を揺らす。彼女が誰よりも よく知るその声の主は、辺りを憚ることなく長椅子に片足を乗せて 立ち上がった。 「うじうじやってんじゃあねーぞクソガキが!何を悩んでるんだか 知らねーが、答えが出ねーなら考えることなんざ止めちまえ! てめーのしたいようにやれ!そいつが間違ってたってんなら、 このオレが直々にブン殴ってやるからよォォ~~!!」 あまりにも傲岸不遜なギアッチョの言葉に、ルイズは何故か 安心する自分を感じていた。そしてそのまま、彼女は吸い寄せ られるかのようにギアッチョに顔を向け―― 「~~~~~~っ!?」 頑なに顔を見ることを拒否していたギアッチョと眼が合った瞬間、 ルイズは今の今まで気付かなかった・・・いや、気付かない振りを していたことを、稲妻に打たれたように理解してしまった。 一日。たった一日見なかっただけのギアッチョの姿を、ルイズは まるで百年も待ち焦がれていたように感じて――そして今度こそ、 彼女は誤魔化す余地もなく理解した。どうしてギアッチョのことが 頭から離れないのかを。どうしてギアッチョを直視出来なかった のかを。・・・どうしようもない程に、自分がギアッチョに惹かれて いることを。 「・・・・・・あ・・・・・・あう・・・」 己の心を理解した瞬間、ルイズの顔はぼふんと湯気を立てて 茹で上がった。ギアッチョを召喚してからというもの、自分はこんな ことばかりだとどこかぼんやりとルイズは考えたが、当の使い魔が 怪訝な顔で自分を見ていることに気が付いて、彼女は慌ててその 綺麗な顔を背けた。しかし背けた先で、ウェールズもワルドも、 ギーシュにキュルケまで、その場の全てが自分に目線を集中させて いることに漸く気が付いて――ルイズの顔は、ますます真っ赤に 染まってしまった。 「あ、あああああのっ!わわ、わたし・・・!」 どうにかしてこの場を誤魔化そうと、実際どう考えても無駄なのだが とにかくルイズは出来る限りの大声でそう言って、ギクシャクとした 動きでワルドに向き直った。 「・・・・・・ルイズ」 「・・・ワルド・・・わ、わたし・・・・・・」 ルイズはそこで少し言いよどんだが、すぐにキッと顔を上げて、 はっきりとワルドに告げた。 「・・・ごめんなさい わたし、あなたとは結婚出来ない」 「・・・本気なのかい ルイズ」 極めて穏やかに、ワルドは問うた。しかしその拳がわなわなと 震えていることに気付いて、ウェールズはワルドの顔に眼を 遣る。彼の顔に隠し切れずに浮かんでいる表情は、どこか 屈辱や無念とは違っている気がした。 「世界だ!!」 マントを跳ね上げて、ワルドは両手を拡げる。 「僕は世界を手に入れる・・・!その為には君が必要なんだ! 君の力が!君の魔法がッ!!」 「ワルド・・・?冗談はやめて 私が魔法を使えないこと、知ってる じゃない」 「言っただろう、君は強大なメイジになる・・・今はそれに気付いて いないだけだ!僕と来い!来るんだ!ルイズッ!!」 尋常ならざるワルドの剣幕に、ルイズは思わず後ずさった。 流石に不味いと思ったのか、ウェールズが二人の間に割って入る。 「やめたまえ子爵!婚約とは二人の意志があって初めて為される ものだ!潔く身を――」 「貴様は黙っていろッ!!」 「なッ――!?」 あまりに礼を失する物言いにウェールズの顔色が変わるが、 ワルドはそんなウェールズに眼もくれずルイズの手首を掴む。 「痛ッ・・・!やめてワルド!どうしたっていうの!?」 「君はいつか才能に目覚める!目覚めなくてはならない!! 魔法が使いたいのだろうルイズ!僕と来い、僕が君の力を 目覚めさせてやるッ!!」 ギリギリと締め付けられる手首に顔を歪めながらも、ルイズは 臆さず言い放つ。 「ふざけないで・・・!私の魔法?私の才能?何なのよそれは! わたしはあなたの道具なんかじゃないわ!」 自分を拒み続けるルイズに、ワルドは顔を苛立ちに歪める。 言葉による説得を諦め、自分の方へ彼女を引っ張ろうとした その時、 「我が友人に対するそれ以上の侮辱、断じて許さぬ! ワルド子爵、今すぐその手を離せッ!さもなくば我が刃が 貴様を容赦なく切り裂くぞ!!」 ウェールズの声が堂内に響き渡った。猛禽を思わせる双眸で ウェールズを睨んで、ワルドは漸くルイズから手を離す。 「この僕がここまで言ってもダメなのかい?ルイズ」 「いい加減にして!!どこまで・・・どこまで人の心を裏切れば 気が済むの!?」 叫ぶルイズに仮面のような笑みを浮かべて、ワルドは肩を すくめて見せた。そうしておいて、彼は油断なく周囲に眼を 走らせる。すぐ手前にいるウェールズは、自分に杖の先を 向けている。状況についていけず眼を白黒させている ギーシュを、同じく驚きつつもキュルケが叱咤している。 そしてあの「ガンダールヴ」は――既に剣を抜いて、狩人の ような眼でこちらを睨んでいる。何か動きを起こせば、すぐに 飛び掛ってくるだろう。だが―― 「遠い、な」 誰にも聞こえないように、ワルドは低く呟いた。次いで、 今度は本来のよく通る声で語り始める。 「やれやれ・・・こうなっては仕方がない 君の気持ちを掴む 為に、それなりに努力をしたんだがね 目的の一つは諦めると しよう」 「目・・・的・・・?」 ルイズはギアッチョの方へと後ずさる。それを止めもせずに、 ワルドは凶悪な笑みを浮かべた。 「君を手に入れるという目的――これはどうやら、上手く いかなかったらしい」 敵意と悲しみの入り混じったルイズの視線を平然と受け流して、 ワルドは話を続ける。 「二つ目の目的は、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」 「――ッ!」 ワルドの言葉で、礼拝堂は一転して刺すような緊張に包まれた。 「そして三つ目だが」 つば広の羽根帽子を目深に被りなおすワルドに、全てを察した ウェールズが迅速に呪文を唱え始め―― ドズッ!! 心臓の辺りに風穴が空いたのは、ワルドではなくウェールズだった。 「・・・『レコン・キスタ』・・・だと・・・」 ごほッと、ウェールズの口から空気が溢れる。「閃光」の二つ名 さながらに一瞬で「エア・ニードル」を完成させたワルドは、ぶしゅりと 音を立ててウェールズから杖を引き抜いた。 「ウェールズ・テューダー 貴様の命というわけだ」 「ウェールズ様ぁぁぁ!!」 凍った場に響いたルイズの悲痛な叫びは、果たして彼の耳に届いて いるのだろうか。ウェールズはよろよろと二・三歩後退して、ガランと 杖を取り落とした。 「・・・ハ・・・ハハハ・・・ 悔しいな・・・・・・」 彼の顔は、痛みではなく無念によって歪んでいた。 「こんな・・・ガハッ・・・ ところ・・・で・・・ 戦うことすら・・・出来ずに・・・」 ウェールズは息も絶え絶えに言葉を吐く。命がぼろぼろと崩れつつある その体が、ぐらりと後ろへ仰け反った。 「いーや おめーはよく戦ったぜ」 がっしりと、死に行く彼の身体を受け止めた者がいた。 「堂々とよォォー・・・先陣を切って、三百人の誰よりもおめーは 勇ましく戦った そうだろ?ウェールズ・テューダー」 「・・・き・・・みは ギアッ・・・チョ・・・か・・・」 もはや眼が霞んで、ウェールズには何も見えはしなかった。だが、 『理解る』。友の腕が支えてくれていることに。友が自分を認めてくれて いることに。 「泣き言はいらねぇ・・・ただ誇ればいい おめーにはその資格がある」 後の始末はオレがつけてやると。ギアッチョははっきり、そう言った。 ウェールズはその言葉に満足げに微笑んで――ゆっくりと眼を閉じる。 「ふふ・・・・・・ありが・・・とう・・・ギアッチョ・・・・・・ 頼・・・んだ・・・」 胸の上に置かれた手が、だらりと下がった。 「・・・・・・アン・・・リ・・・・・・タ・・・ ・・・・・・しあ・・・・・・せ・・・に・・・」 最期の最期に、うわ言のように呟いて、ウェールズはその人生を閉じた。 そっとウェールズの遺体を横たえて、ギアッチョは幽鬼の如き胡乱な 双眸をワルドに向ける。その凍った瞳に、ボッと炎のような殺意が 灯った。 「どけ、ただの『ガンダールヴ』 死にたくなければ身の程をわきまえろ」 杖をギアッチョの胸に向けて、ワルドは嘲笑う。 「久しぶりだぜ・・・こんな気分になったのはな・・・ てめーは ルイズの心を裏切り、こいつの『覚悟』を踏みにじった・・・ええ?オイ 出来てんだろーなァァァ・・・償いをする『覚悟』はよォオォォーーー!!」 「我が暦程に転がるものは、皆等しくただの小石だ 小石に情けを かける者がどこにいる?」 愉快そうに言うワルドに、ギアッチョはもはや何も言わず剣を掲げた。 ギアッチョの代わりに、デルフリンガーが叫ぶ。 「俺もムカついてたところだぜ!ダンナ!存分に俺の魔法吸収を――」 ドンッ!! 「え?」 デルフは何が起こったものか分からずに、間の抜けた声を上げる。 それはそうだ、ワルドに向かって振るわれるはずの己が、床に突き立て られているのだから。 「ダ、ダンナ・・・?」 「こいつはオレが殺す・・・てめーらは手を出すんじゃあねー」 その言葉に、場の人間全てが驚愕の表情を見せる。 「え、ちょ、おいおいダンナ!この野郎はトリステインでも有数の実力を 持つメイジでだな・・・」 「その通りだ 貴様如きに敵う道理はない 尻尾を巻いて逃げ出すが 賢明・・・ッ!?」 言葉の途中で、ワルドは異変に気付く。妙な寒気が、ギアッチョの周囲に 集っているのだ。それは徐々に彼の全身を包んで行き、そして包んだ そばから固体となり始める。 「光栄に思えよ・・・てめー如きに見せるのは勿体ねー力だ」 ギアッチョの足を包んだ氷は、信じられないスピードで膝を、腰を、 肩を覆い。白い魔人が、その正体を現した。 キュルケが、ギーシュが、デルフが・・・そしてワルドまでもが絶句する 中、ギアッチョはワルドを死神のような双眸で貫いて、たった一言を 吐き出した。 「惨めに死ね」 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/anews/pages/212.html
公式サイト→ゼロの使い魔~三美姫(プリンセッセ)の輪舞(ロンド)~ オフィシャルサイト 2008年7月 過去90日間に書かれた、三美姫の輪舞を含む全ての言語のブログ記事 このグラフをブログに貼ろう! ブログ記事 #blogsearch2 ニュース記事 gnewプラグインエラー「三美姫の輪舞」は見つからないか、接続エラーです。 書籍
https://w.atwiki.jp/zerolibrary/
大見出し ゼロの使い魔@用語事典 注意: このページにはネタバレが含まれている可能性があります。 特定のキャラクターを中傷するような書き込みは禁止します。 まずはこちらをご覧ください。 @wikiの基本操作 用途別のオススメ機能紹介 @wikiの設定/管理 おすすめ機能 気になるニュースをチェック 関連するブログ一覧を表示 その他にもいろいろな機能満載!! @wikiプラグイン @wiki便利ツール @wiki構文 バグ・不具合を見つけたら? お手数ですが、こちらからご連絡宜しくお願いいたします。 ⇒http //atwiki.jp/guide/contact.html 分からないことは? @wiki ご利用ガイド よくある質問 @wikiへお問い合わせ 等をご活用ください
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8874.html
前ページ次ページゼロの使い魔BW 身体を揺さぶられて、目が覚めた。 目を開いたら、見慣れぬ格好の少年がこちらを見下ろしていて、思わず叫んだ。 「だ、誰よあんた!」 「……ツカイマだよ、ゴシュジンサマ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだっけ」 窓から朝の日差しがさんさんと降り注いでいる。ルイズは寝台の上でうーんと伸びをすると、椅子にかけてあった服を指して命じた。 「取ってくれる?」 使い魔の少年は無言で頷くと、服を取ってルイズに手渡した。 寝起きのけだるさのままネグリジェに手をかける。途端にくるりと背を向ける辺り、この使い魔にも一応年頃の少年らしい部分もあるらしい。 「後、下着も――そこのクローゼットの一番下に入ってるから、取って」 彼はクローゼットを開けると、ぎくしゃくとした動きで下着を取り出す。と、そこで完全に停止した。 なにを考えて止まったのかが分かって、ルイズは呆れた。別に、使い魔に見られたところでどうということもないのだが、彼は動きそうにもない。 「……投げてくれていいわよ」 飛んできた下着は、過たずルイズの手元に納まった。見えてるんじゃないかと思うようなコントロールである。むしろ見てるんじゃないかと思って使い魔に目をやるが、完璧に背を向けていた。 服を着させるところまでやらせようと思っていたが、やめた。無駄に時間がかかるのは分かりきっている。下手をすれば、朝食を食べそこなうことにすらなりかねない。 壁を向いて硬直している使い魔を横目に、ルイズはこれまでのように着替え始めた。 身支度を済ませたルイズたちが廊下へ出ると、ちょうど近くの扉が開くところだった。 中から出てきたのは、燃え上る炎のような赤い髪の女の子だ。 ルイズよりも背が高く、スタイルも良い。彫りの深い美貌に、突き出た胸元、健康的な褐色の肌、と街を歩けば十人が十人振り返るような容姿だった。 だが、その顔を見た途端、ルイズは不機嫌そうな顔になる。赤い髪の少女がにやりと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 むっつりとした表情のまま、ルイズは挨拶を返す。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 寡黙に控えている少年を指さしての問いに、ルイズは短く答えた。 「あっはっは! 本当に人間なのね! さっすが、ゼロのルイズ」 「うっさいわね」 無愛想に返答するルイズを横目に、キュルケは少年を観察する。 「中々可愛らしい顔してるじゃない。あなた、お名前は?」 「なに色惚けたこと言ってんのよ。あと、名前を聞いても無駄よ。そいつ、記憶喪失だから」 「それは残念。……だけど、記憶喪失、ねぇ。それは元から? それとも、ルイズのせいかしら?」 その指摘に、目の前の勝気な少女が言葉に詰まったのを見て、キュルケは頷いた。 「なるほどねえ。――それじゃ、あたしも使い魔を紹介しようかしら。フレイムー」 キュルケが呼ぶと、背後の扉の中から赤い巨大なトカゲが現れた。大型の獣並みの体躯に、真紅の鱗。尻尾の先は燃え盛る炎となっていて、口からもチロチロと赤い火が洩れている。 「……リザード?」 熱気を物ともせずにそれに見入っていたルイズの使い魔が、ここで初めて声を上げた。 「りざーど? これは火トカゲよ」 「ヒトカゲ?」 首を傾げて言ったルイズの使い魔に、キュルケは微笑みかける。 「なんか発音がおかしい気がするけど、そうよー。火トカゲよー? しかも見て、この大きくて鮮やかな炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんてつかないわ」 「そりゃよかったわね」 ルイズが無愛想に答えた。 「素敵でしょ? もう、あたしにぴったりよね」 「あんた、『火』属性だしね」 「そう。あたしは微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げに、その男であれば視線を釘付けにされそうな胸を張った。 ルイズも負けじと胸を張るが、残念ながらボリュームの違いは明白だった。それでもキュルケを睨みつける辺り、かなりの負けず嫌いらしい。 「あんたみたいにむやみやたらと色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」 キュルケは余裕の笑みを浮かべて、その言葉を受け流す。そして颯爽とこの場を後にしようとして、使い魔のサラマンダーが居ないことに気づいた。 「あら? フレイムー?」 「わたしの使い魔も居ないわ。……まさか、あんたのサラマンダーに食べられちゃったんじゃ」 「失礼ね。あたしが命令しなきゃ、そんなことしないわ。……あ、居た」 ルイズとキュルケが言い争っていた場所から少し離れたところに、二人の使い魔は揃っていた。二人が喧嘩している間に、使い魔は使い魔で親睦を深めていたらしい。 少年は、慣れた手つきでサラマンダーを撫でてやっている。撫でられているほうも、妙に落ち着いた様子で彼の手のひらを受け入れていた。 キュルケが目を丸くする。 「あらま。確かに、誰彼構わず襲うような子じゃないけど、誰彼構わず懐く子でもないのに」 「あんたのことを見習ったんじゃないの?」 「どういう意味よそれ。……まあ良いわ。それじゃ、お先に失礼。行くわよフレイムー」 呼ばれて、サラマンダーが動き出す。図体に似合わないちょこちょことした足取りでキュルケの後を追うが、少し行った先で少年のほうを向くと、ぴこぴこと尻尾を振った。 少年も微笑んで、手を振って返す。 一連の流れを見ていたルイズが、少年の頬をつねりあげた。 「……いふぁい」 「いーい? あの女はフォン・ツェルプストー。わたしたちヴァリエール家にとっての、不倶戴天の敵なの。だから、ツェルプストーの使い魔なんかと仲良くしちゃダ、メ、よ?」 「ふぁい」 一音ごとに頬をねじり上げるようにして確認され、少年は涙目で答えた。 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ並んでいて、それぞれに少年少女が座っている。 ルイズは、黒いマントをつけた生徒が並ぶ真ん中のテーブルへと向かった。 ここに使い魔を連れてくるのには非常に苦労した。なんせ他の使い魔を見るたびに、吸い寄せられるようにそっちに行こうとするのである。首輪と縄が必要かしら、とルイズは思った。 その使い魔は、豪華な食事が並べられたテーブルや、絢爛な食堂をきょろきょろと見回している。その顔に少なからぬ驚きを見て取って、ルイズは得意げに指を立てて言った。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。昨日も説明した通り、メイジのほとんどは貴族。だから、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるの。この食堂も、その一環ね」 「すごいね」 素直に驚きを示す使い魔に、椅子を引くように促す。本来なら「気が利かないわね」ぐらいは言ってやりたいところだが、記憶喪失では致し方ない。 椅子についてから、ルイズは考えた。この使い魔がもう少し反抗的であれば、床ででも食べさせるつもりであったが、今のところは特にそういった気配はない。 現在も自分が座るべき席ではないと理解しているためか、脇にじっと佇んだままである。 しばらく逡巡した後、ルイズは近くに居た使用人の一人を呼びとめた。 「ちょっと、そこのあなた」 「はい、なんでしょうか。ミス・ヴァリエール」 呼びとめられた黒髪のメイドに、脇の使い魔を指して見せる。 「こいつに、なにか食べさせてやって頂戴」 「分かりました。では、こちらにいらしてください」 「食べ終わったら戻ってくるように」 ルイズの言葉にやはり頷くと、使い魔は促されるままにメイドについて行った。 「もしかしてあなた、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 行きがてらにそう問われて、少年は頷いた。目下のところは、彼の唯一の身分である。 「知ってるの?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になっていますわ」 にっこりと笑って、黒髪のメイドは答えた。屈託のない、野の花のような笑顔だ。 「君もメイジ?」 「いいえ。私はあなたと同じ平民ですわ。貴族の方々をお世話するために、ここで御奉公させていただいているんです」 どうやら自分と同じような立場らしい。納得すると、彼は黙り込んでしまった。 記憶がないというのは、話題がないというのに等しい。訊きたいことは山ほどあったが、彼女は仕事中だったようだし、あまり時間を取らせるわけにもいかないだろう。 そんな考えからなる沈黙だったが、どうやらそれは少年を気難しく見せていたらしい。しばらくは静かだった黒髪のメイドが、いかにも恐る恐るといった様子で口を開いた。 「……えっと、私はシエスタです。あなたのお名前を訊いても良いですか?」 少年はそれに黙ったまま首を振る。しかし、不味いことでも訊いてしまったのだろうかと狼狽するシエスタを見て、言葉を続けた。 「名前は分からないんだ。記憶喪失だから」 「キオクソウシツ……って、あの、記憶がなくなっちゃうあれですか?」 頷くと、シエスタの視線が途端に同情的になった。少年を上から下まで眺めまわして、はう、とせつなげな溜息を洩らす。 「大変だったんですね……」 そうだったんだろうか。そうだった気もするが、今のところは大したことがない気もする。だが少年がなにか答える前に、彼女はいきなり彼の手をギュッと掴むと、引っ張り始めた。 「なるほど、そいつは大変だ」 コック長のマルトー親父は、シエスタの話(学園内で出回っている噂を少し盛った上で、記憶喪失であるという事実を付け加えたもの)を聞くとうんうんと頷いた。 「やっぱりそうですよね、マルトーさん!」 「記憶を失くした上に、あの高慢ちきな貴族どもの下働きだろ? しかも、こういう仕事を選んでやってる俺たちと違って、強制的にだって話じゃねえか。いやあ、災難だな、お前さん」 二人で完全に盛り上がってしまっている。展開について行けず途方に暮れそうになったところで、少年のお腹がぐう、と鳴った。 「おっと、悪かったな。シエスタ、賄いのシチューを持ってきてやれ。俺は戻らにゃならん」 「はい、わかりました!」 少年を厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥へと消えた。 マルトーもまた、背を向けて調理場へと向かう。が、ふと振り向くとニッと笑った。 「同じ平民のよしみだ、なにか困ったことがあったらいつでも相談してくれ」 「ありがとう。いざって時には頼りにさせてもらいます」 少年が礼を言うと、マルトーは「良いってことよ」と大笑いして去って行く。 入れ違うように、シエスタがシチューの入った皿を持って戻ってきた。目の前に置かれたそれをスプーンで掬って、口に運ぶ。思わず顔がほころんだ。 「おいしい」 「よかった。おかわりもありますから、ごゆっくり」 思った以上に空腹だったことに気づく。丸一日ばかり食べていないような、そんな感じだ。 夢中になって食べる少年を、シエスタはニコニコしながら見ている。 仕事中だったのに大丈夫なんだろうか、なんて思うが、食堂には彼女のようなメイドが沢山いたし、一人ぐらい抜けても問題ないのかもしれない。 「ごちそうさま。おいしかったよ」 「ふふ。ぜひ、マルトーさんにも言ってあげてください。喜びますから」 食べ終わって皿を返すと、シエスタは微笑んでそう言った。そして皿を片づけるために立ち上がりざま、そういえば、と彼の顔を見る。 「えっと、なにか分からなくて困ってることとかあります?」 「……それなら、洗濯物のことなんだけど」 なるほど、とシエスタが頷く。 「ああ、そうですよね。水汲み場とか分かりませんよね」 「それもあるんだけど、ここでのやり方もイマイチ分からないから、教えてもらえると助かる」 彼の常識は、洗濯物には洗濯機を使え、と言っている。使い方も分かる。しかし同時に、それがここにはないだろうということもなんとなく分かっている。 昨晩のルイズとの会話と、今日見て回った学内の様子から、自分の常識の欠落は記憶喪失から来るものではないことに、少年はうすうす感づいていた。 「洗濯のやり方なんて何処でも同じ気がしますけど、わかりました。今からご案内しても良いんですが、ミス・ヴァリエールに『戻ってくるように』って言われてましたよね」 確かに、「食べ終わったら戻ってくるように」と言っていた。 「それじゃ、お昼もまたこちらで取られるでしょうし、その際にでも」 「よろしくお願いします」 心からの感謝をこめてお辞儀をすると、シエスタはウインクして答える。 「マルトーさんも言ってましたけど、同じ平民のよしみ、です。いつでも頼ってくださいね」 魔法学院の教室は、石造りのやはり巨大な部屋だった。生徒が座る席は階段状に配置されており、その中央最下段に教師が立つ教壇がある。 二人が入ると、先に教室に来ていた生徒たちが一斉に振り向いた。そしてくすくすと笑い始める。 だが、ルイズにそれを気にしている余裕はなかった。今日は学年最初の授業ということで、大抵の生徒が使い魔を連れている。そんな場所に少年を放りこんだらどうなるか。 早くもふらふらと引き寄せられそうになった彼の襟元を、がっしと掴んで引きずりつつ、ルイズは席の一つへ向かった。本格的に、首輪と縄が必要かもしれない。 席の近くの床に少年を座らせる。机があって窮屈なのは気にならないらしいが、周囲の使い魔を見てそわそわしている。 ふと、少年が使い魔のうちの一体――浮かんだ巨大な目の玉を指さして言った。 「アンノーン?」 「違うわ。バグベアーよ」 「チョロネコ?」 「あれは単なる猫じゃない。チョロってなによ」 「アーボ?」 「あれは大ヘビ……一体、その名前は何処から出てきてるのよ」 ルイズが呆れたように言ったところで、教室の扉が開いて一人の魔法使いが入ってきた。 ふくよかな頬が優しげな雰囲気を漂わせている、中年の女性だ。紫色のローブに、帽子を被っている。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 「おや? ミス・ヴァリエール、使い魔はどうしました?」 床に座った少年は、教壇からはちょうど死角になっていて、彼女からは見えないらしい。 シュヴルーズが問いかけると、ルイズの近くに座っていた少年が声を上げた。 「ゼロのルイズ! 召喚出来ずにその辺の平民連れてきたからって、恥ずかしがって隠すなよ!」 その言葉に、教室中がどっと笑いに包まれた。 ルイズは椅子を蹴って立ち上がった。長い髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ。ちゃんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』に失敗したんだろう?」 ゲラゲラと教室中が笑う。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 『かぜっぴき』のマリコルヌが私を侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと? 俺は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 同じく椅子を蹴って立ち上がったマリコルヌに向けて、ルイズが追撃を放つ。 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 次の瞬間、立ち上がった二人は揃って糸の切れた人形のようにすとんと席へ落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 席に座ったルイズは、先ほどの剣幕が嘘のようにしゅんとしてうなだれている。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕の『かぜっぴき』は中傷ですが、ルイズの『ゼロ』は事実です」 教室にくすくす笑いが広がった。 シュヴルーズは厳しい顔をすると、ぐるりと教室を見回し一つ杖を振った。するとどこから現れたものか、笑っていた生徒の口元に赤土の粘度が貼り付いた。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 くすくす笑いがおさまった。 「それでは、授業を始めますよ」 少年は授業にはあまり興味がなかった。彼の注意はもっぱら他の使い魔に向けられていたが、属性の話が出た時は少しだけ耳をすませた。 現在は失われた『虚無』の魔法を含めて、魔法の属性は五種類あるらしい。彼の感覚からすると、五つの属性――タイプというのは、酷く少なく思えた。 もっとこう『はがね』だとか『エスパー』だとか『あく』だとかがあって良い気がする。もっとも、単に彼の感覚の方が細分化されている、というだけのことかもしれないが。 そんなことを考えたり、周囲の使い魔を観察していたりすると――。 「それでは、この『錬金』を誰かにやってもらいましょう。そうですね……ミス・ヴァリエール」 不意に指名されたルイズは、びくっと肩を跳ねさせると、シュヴルーズに問い返した。 「えっと、私……ですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 そうやって教壇を指し示されても、ルイズは動かない。痺れを切らしたシュヴルーズが更に促そうとしたところで、キュルケが困った声で言った。 「先生」 「なんです?」 「やめといた方が良いと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケが言い切った。ほとんどの生徒もそれに頷く。 「危険? 一体、なにがですか」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。ですが、彼女が努力家であるという事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、なにもできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言う。しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 言って、若干硬い動きで教壇へと向かう。通路に乗り出すようにして、少年はその背中を見送った。 教壇に上ったルイズに、シュヴルーズが隣に立って微笑みかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと可愛らしく頷く。そして緊張した面持ちで小石を睨みつけると、神経を集中した。 同時に、少年は周囲の生徒たちが、彼と同じように机の影に隠れるのに気付いた。なんでだろうと思う間もなく、短いルーンと共に、ルイズが杖を振り下ろす。 瞬間、小石は机もろとも爆発した。 爆風をもろに受けて、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。悲鳴が上がる。 驚いた使い魔たちが暴れ始めた。 眠りを妨げられたキュルケのサラマンダーが火を吹き、尻尾をあぶられたマンティコアが窓を突き破って外へ逃げ、その穴から巨大な蛇が顔を出して誰かのカラスを飲みこんだ。 教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。髪を乱したキュルケが、ルイズを指して叫んだ。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「ラッキーが! 俺のラッキーがヘビに食われた!」 黒板の前にシュヴルーズが倒れている。時々痙攣しているので、死んではいないようだ。 煤で真っ黒になったルイズが起き上がった。服装は悲惨極まりない。上も下もところどころ破れていて、隙間から下着が覗いている。 だが、ルイズは自身の惨状も教室の阿鼻叫喚も気にしない様子で、淡々とした声で言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 当然、他の生徒から猛然と反撃を喰らう。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」 爆風で吹き飛ばされた帽子を拾いつつ、少年は一人、すごい『だいばくはつ』だったなと頷いていた。 「おふっ……ミス・ロ……ング、ビル……やめて、やめ……お、おち、る……」 ルイズが教壇を吹き飛ばし、それの罰として掃除を命じられている頃。 この魔法学院の学園長であるオールド・オスマンは、秘書にいつもよりも酷いセクハラ行為――尻を両手でじっくり三十秒ほど捏ねまわすように揉んだ――に及び、いつもよりも苛烈な報復を受けていた。 首を絞められ、今にも気を失いそうなオールド・オスマンに対し、ミス・ロングビルは無表情でチョークスリーパーをかけ続けている。 そんなちょっとした命の危険は、突然の闖入者によって破られた。 「オールド・オスマン!」 荒っぽいノックに続いて、髪の薄い中年教師――コルベールが部屋に入ってくる。 その時には既に、オールド・オスマンもロングビルも自分の席へと戻っていた。早業である。もっとも、オスマン氏は酸欠気味で、頭をふらふらと揺らしていたが。 「なん、じゃね?」 「たた、大変です! ここ、これを見てください!」 ようやく脳に酸素が戻ってきたらしきオスマン氏は、コルベールの焦りに鼻を鳴らした。 「大変なことなどあるものか。全ては些事じゃ。……ふむ、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。こんな古臭い文献など漁りおって。そんなものを持ちだしている暇があったら、たるんだ貴族たちから学費を上手く徴収する術でも考えたまえ。ミスタ……なんじゃっけ?」 「コルベールです! お忘れですか!」 「おうおう、そんな名前じゃったな。君はどうも早口でいかん。……で、この書物がどうしたのかね?」 「これも見てください!」 コルベールが取りだしたのは、少年の右手にあったルーンのスケッチであった。 それを見た瞬間、オールド・オスマンの表情が一気に引き締まり、目が鋭い光を放つ。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 ロングビルが席を立ち、部屋を出ていく。それを見届けると、オスマン氏は口を開いた。 「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズが滅茶苦茶にした教室の掃除が終わったのは、昼休みの前だった。 罰として魔法を使うことが禁じられていたため、時間がかかったのである。といってもルイズはほとんど魔法が使えないから、余り変わらなかったが。 ミセス・シュヴルーズは二時間後に目を覚ましたが、その日一日錬金の授業を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。 片づけを終えたルイズと少年は、食堂に向かった。昼食を取るためである。 道すがら、少年は先ほどの光景を思い返していた。何故か、『わるあがき』という言葉が浮かんで消える。 次にちょっと間抜けな顔をした大きな魚が出てきて、最後に巨大な龍が脳裏をよぎった。 その余りの脈絡のなさに、自然と苦笑が漏れる。それを見とがめたルイズが、少年を睨みつけた。 「……あんたも」 「?」 「あんたもわたしを馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族だなんだと散々言っておいて、その実はなにも出来ない、『ゼロ』であるわたしを!」 そんな叫びは、少年のきょとんとした表情によって迎えられた。作ったものではない。心の底から、なにを言われているか分からない、と思っている顔だ。 それを見た瞬間、毒気も怒りも、全て雲散霧消してしまった。 沈黙したルイズを見て、少年はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。 「……使い手と『わざ』には相性がある」 「ふえ?」 「どれだけ強い力を持っていても、相性の悪い『わざ』は使えない。今のゴシュジンサマは、相性の良い『わざ』がない状態なんじゃないかと思う。だから、『わるあがき』しかできない。……けど、それでもあれだけの力があるんだから、適正のある『わざ』ならすごい威力になるんじゃないかな」 突然饒舌になった使い魔に、ルイズはしばらくぽかんとしていたが、それが彼の不器用な慰めだと気づくと、くすりと笑った。 それに、こいつの考え方は面白い。これまで失敗してきた『わざ』――魔法を使えるように努力するのではなく、相性の良い魔法を探す。 今までも色々な魔法を試してはきたが、もっと色々と、それこそ普通は思いもしないようなものまでやってみるのも悪くないかもしれない。 ただ、今は――。 「……『わるあがき』ってなによ」 「えっ? ええと、うんと……なんなんだろう」 「ご主人様にそういうこと言う使い魔は、お昼ご飯抜きにしちゃうわよ?」 慌てる少年にルイズはくすくすと笑うと、先ほどより明らかに軽い足取りで、食堂へと向かった。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4384.html
スーパロボット大戦OGからソウルゲイン(アクセル・アルマー)を召喚 ゼロの使い魔「魂を紡ぐ者」-01 解説:シャドウミラーの隊長で別世界からOGの世界へと転移した人物。 別世界ではベーオ・ウルフと呼ばれていたキョウスケ・ナンブへと敵意をむき出しにしている。 シャドウミラーが壊滅した後はアルフィミィという少女の手によって復活。イエッツトを退治。 以後放浪中。 なおハルゲニアへと来たアクセル=ソウルゲインはオリジナルをほぼ完璧にコピーしたレプリカ。 そのためオリジナルともいえるアクセル等は現在もOGの世界に顕在している。 ちなみにソウルゲインはスーパロボット大戦OG 無限のフロンティアに登場するPTみたいな物です。 そこにアクセルの魂が入っているという感じです。
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/30899.html
登録日:2014/12/31 Wed 09 07 57 更新日:2023/12/23 Sat 19 43 09NEW! 所要時間:約 5 分で読めます ▽タグ一覧 ゼロの使い魔 ゼロ魔 ナーロッパ ハルキゲニアではない ハルゲニアでもない ハルケギニア ファンタジー 中世 国家 架空の国家 異世界 魔法世界 『ゼロの使い魔』の舞台となる異世界である。 たびたび間違われるが、「ハルキゲニア」ではない。それでは古代生物のほうになってしまう。 いわゆる「ファンタジー世界」であり、人間の他にドラゴンやグリフォン、オーク、精霊など地球では伝説上の存在とされる生物が多数存在する。 空には赤と青の2つの月が浮かんでおり、平賀才人はそれを見て異世界に召喚されて来たのだと(ようやく)気付いた。 地形・地名・文化はヨーロッパに酷似しているが、関連性は不明。 文明レベルは中世から近世のヨーロッパ風。 ここでは劇中に登場した国や地方について記述する。 主要5カ国 + トリステイン王国 君主:マリアンヌ王妃(*1)→アンリエッタ王女(後に女王) 物語の主軸となる国家。 主要国の中では一番の小国で、物語の中でも様々な内憂外患に見舞われる。 国内の貴族の質の低さに悩まされていたが、有能な平民の登用などでの改革を進めつつある。 モチーフはおそらく北フランス。 国内の主な施設や地名 トリステイン魔法学院 本編の主な舞台となる場所。 学院長は世界で最も偉大なメイジと称えられるオールド・オスマン。学年は1~3年。全寮制でかなりの郊外にある。 トリスタニア 王国首都。 魔法学院からは馬で3時間ほどの距離にある。 一番の大通りであるブルドンネ街も幅5メートル程度の広さしかないがアニメ版ではかなり広く描かれていた。 タルブ村 シエスタの故郷。竜の羽衣が奉られていた。名産はワイン。 ラ・ロシェール 港町、空中船用なので世界樹の枯木を桟橋に使っている。アルビオンへの玄関口。 ラグドリアン湖 ガリアとの国境線にある湖。水の精霊が住む。 ヴァリエール領 ルイズの出身地。 タングルテール地方 アニエスの故郷。20年前に滅ぼされた。 ド・オルニエール 才人が恩賞としていただいた土地。広さは30アルパン(10キロ四方に相当) 表向きは1万2千エキューの年収があるとされていたが、領主不在の期間が長かったために過疎化と高齢化が進んでおり、才人が拝領した時には2千エキュー程度にまで税収が落ち込んでいた。 + ガリア王国 君主:ジョゼフ1世→シャルロット女王 5カ国の中では最大の国。主にタバサの冒険の舞台となる。 王位継承権で激しい争いを繰り広げてきており、ジョゼフの即位時にも多数の貴族が粛清された。 しかし国内で問題ごとが発生した場合、超有能ななんでも屋(タバサ)が派遣されてきて解決してくれるので住みやすさでは一番かもしれない。 モチーフは南フランス。 国内の主な施設や地名 リュティス 首都。中心部にはヴェルサルテイル宮殿が聳え立つ。 かなりの都市であり、裏社会には違法性の賭博場などものきをつらねている。 ヴェルサルテイル宮殿 王国の中枢。敷地内に政治の中枢であるグラン・トロワとイザベラの住まうプチ・トロワがある。 東・西・南に分かれた広大な花壇が名物。内乱で一時半壊した。 サビエラ村 なんの変哲もない寒村だが、吸血鬼に目をつけられたことにより阿鼻叫喚の巷と化すことになる。 ファンガスの森 かつて生物の合成実験施設があった森。しかし施設は全滅し、解き放たれたキメラ動物が徘徊する魔境となった。 タバサが最初に任務を受けた場所である。 こんな名前だがウルトラマンダイナが戦ったりはしない。 火竜山脈 凶暴な火竜が生息する危険地帯。しかし珍味とされる極楽鳥の卵が採集できる。 ラグドリアン湖 トリステインとの国境にもなっている。湖畔にはタバサの実家がある。 アーハンブラ城 エルフとの戦争時には前線基地とされていた場所。両種族が取り合いを重ねたことで文化が入り混じった構築になっている。 ◇帝政ゲルマニア 君主:皇帝アルブレヒト3世 多数の都市国家群が集まってできた国家。そのため君主は始祖の血を引いておらず、始祖の血を受け継ぐトリステイン・ガリア・アルビオンの王族よりも格下扱いされている(*2)。 権力闘争の熾烈さはガリア以上であり、アルブレヒトはライバルを強制的に幽閉して帝位を獲得したほどの弱肉強食の世界である。 それゆえに実力や金が身分を決める国柄のため、伝統や権威を重視するトリステインからは嫌われている(*3)。 物語の直接の舞台となったことがキュルケの実家に寄ったときの一度きりであり、国内の細かい状況は不明。 モデルは神聖ローマ(ドイツ)。 ◇アルビオン王国→神聖アルビオン共和国 君主:ジェームズ1世→(共和国)皇帝オリヴァー・クロムウェル 空に浮かぶ巨大な浮遊大陸に存在している国。 しかし共和制を掲げる反乱軍レコン・キスタによって王権は滅亡し、後にトリステイン・ゲルマニア両国と戦争に入る。 軍事力は決して低いものではなかったが、虚無などの想定外の事態が続いて追い込まれ、ガリアの参戦でついに共和国も滅亡する。 敗戦後、領土は分割されて他国の管理下に入ったことまでが語られている。 気候的には寒冷。 モチーフはイギリス。 ※国内の主な施設や地名 ロサイス シティ・オブ・サウスゴータ ウェストウッド村 ◇ロマリア連合皇国 君主:教皇聖エイジス32世(ヴィットーリオ・セレヴァレ) ハルケギニア全土で信仰されているブリミル教の総本山である宗教国家。 教皇の権威は絶大であり、他のいずれの国も逆らえない。 しかし実体は他国からの貧民が群がるスラムと、富を独占する神官の間で極端な貧富の差が存在している。 モチーフはイタリア。 その他の国 ◇ネフテス ハルケギニアの東方にある砂漠地帯サハラに存在するエルフたちの国。 文明レベルはハルケギニアを大きくしのいでいるが文化はやや散文的。 ハルケギニアとの間には広大な森林地帯や灼熱の砂漠が存在するために、行き来は主に空中船に頼らざるを得ない。 モチーフはエジプト。 ◇クルデンホルフ大公国 君主:クルデンホルフ大公 トリステインの中にある自治領。 巨大な経済力を持っていて、トリステイン国内のほとんどの貴族は借金をしているために頭があがらない。 ◇ロバ・アル・カリイエ 厳密には国名ではなく、ネフテスのさらに東の地域全般を指す呼び名。「東方」という言葉は、ほぼこのロバ・アル・カリイエと同義である。 エルフという価値観の大きく異なる民族を挟んでいるため、ハルケギニアとはほとんど交流がないが、紅茶など、わずかに流入する物品があるらしい。シェフィールドはこの地域の出身。 追記と修正お願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] アルビオンの滅亡はウェールズ父が何も考えないで処刑したからだよなぁ -- 名無しさん (2014-12-31 15 13 42) 東には砂漠とエルフの国、その向こうにロバアルカイリエだろ。西の果てには何があるんやろか -- 名無しさん (2014-12-31 15 31 10) 学生時代はこれで世界史の勉強してたな -- 名無しさん (2014-12-31 17 43 26) ハルゲニアのルイズへ届け! -- 名無しさん (2014-12-31 18 03 16) モデルとしては、トリステイン・フランス、アルビオン・イギリス、ゲルマニア・ドイツ、ロマリア・イタリアかな。ガリアはわからん -- 名無しさん (2015-06-28 21 36 50) トリスティンはネーデルラントでガリアはフランス -- 名無しさん (2016-03-19 17 14 36) やっぱ数百年後に西の海のかなたに超大国ができあがるんだろうか -- 名無しさん (2016-06-10 12 50 01) 極東には忍者のいる火の国とか水の国とかがあると妄想 -- 名無しさん (2016-11-03 20 21 20) ↑ぶっちゃけあのNINJA共が同じ世界線にいたらヤヴァイなんてレベルじゃない気が…… -- 名無しさん (2016-11-03 20 23 49) 革命の芽は摘まれてるし、結構ルイズたちの世代の責任でかいよな。この均衡も一世紀はもたんだろうというリアルな緊張感がある -- 名無しさん (2019-03-04 11 35 34) ↑1 そうはいっても、ルイズ達が動かなければ殆どの人間は最終章で明言された大破壊で皆死ぬという…誰がどういう行動を起こしても苦難の道であったことは間違いあるまいよ。 -- 名無しさん (2022-09-04 13 20 26) 再びあの世界が戦乱になった時にヤマグチ先生が生きていたら書いたであろう才人とルイズの子供世代が活躍するのかな? -- 名無しさん (2022-09-10 02 33 43) カンブリア紀にいたハルキゲニアって生物と名前が紛らわしい -- 名無しさん (2022-10-10 14 55 35) 良くも悪くも魔法至上主義社会といった感じの世界。その割には所々で潜在的に平民が台頭するのを恐れてる様子が窺えるので案外メイジも魔法を信用してない。 -- 名無しさん (2023-04-06 12 08 00) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1777.html
「なるほど、事態は把握したよ」 シルフィードの背中、身元を隠す黒いローブの下でギーシュは頷いた。 その隣で、同じくタバサが頷く。双月の光が降り注ぐ夜空を、ルイズ達は モット伯の屋敷へと飛んでいた。 「だけどどうするんだい?」 「止めるの」 「・・・止める?何をだね?」 「ギアッチョをよ」 「・・・何だって?」 意味がよく分からず、ギーシュはぽかんとした顔でルイズを見る。 少し俯いた顔で、ルイズは話し始めた。 「・・・そういうことなら、協力しないわけにはいかないね」 ルイズの説明に、ギーシュは納得したという顔で答える。 それを受けて、しかしルイズは「だけど」と返した。 「今回のことは冗談じゃ済まないわ 最悪の場合、あんた達の 家名にまで係わることになる・・・無理をする必要は、」 ルイズの言葉を遮って、彼女の頭にぽんと掌が乗せられる。 「それで、私達が帰ると思ってるわけ?」 「・・・キュルケ」 ルイズの頭をぐりぐりと撫でながら、キュルケは一見皮肉めいた 笑みを見せる。 「あなた達を助けるって『覚悟』してるから皆ここにいるんでしょう? いらない思量はしなくていいの」 ギーシュとタバサは片や鷹揚に、片や静かに頷いた。ルイズはそれを見て、 「・・・・・・うん」 少し恥ずかしげに――しかし満面の笑みを浮かべた。 ――あ・・・ キュルケは気付く。この少女は、こんなにも綺麗に笑うことが出来たの だと。もう二度と、この子の笑顔を裏切りはしない。言葉にこそしないが ――それはキュルケだけではない、この場の全員の決意であった。 地図を頼りに森を行くギアッチョの眼前に、大きな屋敷が姿を現した。 「おう、旦那 どうやらここみてーだぜ」 「ほぉ こりゃまた大層なお屋敷じゃあねーか」 夢に出てきたあの屋敷よりは幾分小さいが、と心の中でどうでもいい ことを付け足すギアッチョにデルフリンガーは一つ疑問を投げかける。 「しかし旦那、具体的にはどうするんだ?嬢ちゃん掻っ攫ってとんずら っつーわけにもいくめぇ この警備じゃあよ」 木陰から伺えば、確かに門前と庭内には数人の衛兵。そして彼らと 共に、蝙蝠のような翼を生やした犬という悪魔合体の産物の如き 生き物が数体庭を闊歩している。それらをちらりと一瞥して、 ギアッチョは詰まらなさそうに息を吐いた。 「奴らを排除してモットの野郎を殺す それで仕舞いだ」 「・・・そうかい ま、俺ァ人殺しの道具だ とやかくは言わねーよ」 「・・・とやかく言いたいことがあるってわけか?」 「いんや、俺ァ旦那の相棒だかんな ――ただ、ま・・・ ルイズは悲しむんじゃねーかと思ってよ」 「・・・・・・」 呟くようなデルフの声で――ギアッチョの口は数秒動きを止めた。 「チッ・・・」 何故か脳裏をよぎったルイズの泣き顔を掻き消そうと一つ舌打ちして、 ギアッチョは無理矢理に言葉を吐いた。 「・・・それだけか?言いたいことはよォォーー」 人の身であったならば溜息の一つもついただろう。それが敵わぬ デルフリンガーは、ただ淡々と質問を続ける。 「いや、もう一つ スタンド・・・だったよな そいつを使う力、 もう殆ど残ってねぇんだろ?大丈夫なのかと思ってよ」 そう。確かに自分のスタンドパワーは今にも底をつこうとしている。 誰にも言いはしないが、少しでも気を緩めようものならがくりと 膝を落としてしまいそうだった。彼の心身は、今それ程までに 疲弊しているのである。しかし、 「問題はねえ」 ギアッチョがそれ以外の言葉を口にすることなど有り得なかった。 「旦那・・・」 納得し兼ねるといった声を出すデルフに目を向けて、ギアッチョは 面倒臭そうに言葉を継ぐ。 「オレの目的はあくまでシエスタとモットだ 雑魚共をいちいち 相手にしてる程暇じゃあねーぜ ・・・そもそもだ、わざわざ スタンドを出すまでもなくこっちにはてめーがいるんだからな」 「へ?・・・お、おおよ」 いきなりの不意打ちに、デルフリンガーは少々上擦った声を上げた。 考えてみれば、ギアッチョが己への信頼をこうして言葉にしたのは 初めてのことなのである。力の化身のようなこの男が口にした 信頼の言葉に、デルフリンガーは密かに感動していた。 喋れるように鞘から少し露出させていた刀身をすらりと引き抜いて、 ギアッチョはその心中も知らず彼を無造作に肩に担ぐ。隠れていた 木陰から数歩歩み出て、不機嫌そうな顔のまま口を開いた。 「行くぜオンボロ」 「任しとけ・・・ってうぉい!結局オンボロ呼ばわりかよ!」 それは、彼女のような平民は眼にしたこともないような巨大な 浴場だった。モット伯の邸内に設けられたそこに、シエスタはもう 随分長く浸かっている。身体が茹だってゆくにも構わず、彼女は その最後の安息地から腰を上げることを頑なに拒んでいた。 「・・・どうして・・・」 震える肩を抱きながら、シエスタは一人呟いた。呟いてから、その 先に何を続けたかったのかを考えて自己嫌悪に陥る。どうして こんな目に遭わなければならないのか、どうして自分なのか、 どうしてこれが許されるのか――考えれば考える程に出てくる それらは、まるで己の卑小さを嘲る刃のようにシエスタ自身に 突き刺さった。 「そうよね・・・」 シエスタはその口に、諦念混じりの自嘲を浮かべる。そうだ、 恨み言をいくら吐こうが何も変わりはしない。この世界は 「そういうもの」なのだから。平民にとってメイジは天災。それは 比喩ではなく、正しく言葉通りの意味でそうなのだ。平民如きが 何をどう足掻こうが覆らない災禍。洪水や嵐と違うのは――彼らが 意思を持っているということだけだ。そしてそれ故に、メイジは 時として災害よりも凶悪な存在にすらなる。 だから。そういうものだと割り切るしかないのだ。例え彼らに 襲われようが、奪われようが、そして殺されようが・・・それは 仕方の無いことなのだと。メイジとは、貴族とは、そういうもの なのだから。 …ぽたりと。伏せた瞳からこぼれた一滴の雫が、水面を震わせる。 心を抑えることは出来ても――涙を抑えることまでは出来なかった。 我知らず漏れていた嗚咽と共に、シエスタの綺麗な瞳からは次々と 涙がこぼれ落ちる。 「お金なんていらない・・・ 皆と仕事をして、マルトーさんや ギアッチョさん達と色んな話をして、たまに故郷へ帰って・・・ それでよかったのに・・・ それで幸せだったのに・・・」 止めようとして止まるものではなかった。何も変わらないと 知りながら、シエスタは静かに泣き続ける。 最後の安息、その終焉を告げたのは、シエスタと同じくこの館で 働く侍女の一人だった。浴場の入り口から一言、「伯爵が寝室で お待ちです」そう淡々と伝えると、老境の侍女はそのまま立ち去った。 「・・・・・・」 永遠にも思える時間を、シエスタは祈るように沈黙した。それが 無駄だということは、誰より己が解っている。それでも、何かに 祈らずには居られなかった。 そうして数秒、震える両肩から手を離し、彼女は静かに閉じていた 眼を開く。 「・・・最後に、ギアッチョさんにお別れを言いたかったな・・・」 もはや叶わぬことを呟くと、シエスタはごしごしと涙を拭い―― 諦観に染まった表情で、ゆっくりと湯船から立ち上がった。 「うぐっ」 「あがっ」 屋敷の門外、高い塀の向こうからからくぐもった声が二つ続けざまに響き、 庭内を巡回していた三人の衛兵は不審げに顔を見合わせた。視線の先、 格子状の門の外には何者の姿も見えない。静かに目配せし合うと、彼らは その手の槍を素早く構えて門へと駆け出した。 一分後。塀に身を隠すギアッチョの目の前に、合わせて五人の衛兵達は 折り重なって倒れていた。 「とりあえずは、こいつらで全部だな」 「意外だね、気絶でとどめるたぁ」 左手の先で笑うデルフリンガーに、ギアッチョはいつもの仏頂面で答える。 「オレは別に殺人鬼じゃあねー」 デルフリンガーは、そう言いながら自分を鞘に戻そうとするギアッチョに 向けて早口に口を開いた。 「旦那、あの犬コロ共はどうすんだ?あいつらァすばしっこい上に空を飛ぶ 相手してる間に騒ぎに気付いた衛兵連中が集まってくるぜ」 「・・・問題はねえ」 対するギアッチョの反応は、実に淡々としたものだった。そのままデルフを 鞘に納めて、彼は開きっ放しの門から躊躇無く庭内へと侵入する。 「ぐるるルるる・・・」 一歩足を踏み入れたその途端、六匹の怪物犬は唸りを上げながらギアッチョ 目掛けて走り出した。そう訓練されているものか、彼らは一瞬にして ギアッチョの周囲を逃げ場無く取り囲む。翼の生えた黒い犬が血走った 眼で獲物を囲んでいるその光景は、正に地獄の様相と言うに相応しかった。 常人ならば失神してもおかしくないそれを、ギアッチョはただ面倒臭げに 一瞥する。自分達に恐怖を感じていないその様子が気に入らないのか、 黒い獣達は一斉に刃のような牙を剥き出した。そのまま怒りに任せて獲物を 引き裂かんとするその瞬間、 「ああ?」 ギロリと。圧倒的な怒気と殺意を宿すギアッチョの凶眼に刺し貫かれて、 六匹の魔物はまるで石像のように硬直した。 「・・・ぐ・・・ぐるるる・・・」 怯えるはずの人間に、今恐怖を感じているのは紛れも無い彼らだった。 直接ギアッチョの双眸と対峙していない後方のニ匹でさえ、ギアッチョの 放つ極寒の炎の如き殺意に身動き一つ取れなかった。 魔眼の巨人や魔除けの籠目を例に出すまでもなく、古来より「眼」に ある種の力を認める類の譚話は世界中に散見するが――今、彼ら六匹の 魔犬は正にそれを実演するかのように停止していた。 それを何でもないような様子で確認して、ギアッチョは一言低く、 「行け」 と呟く。その瞬間、彼らはきゃんきゃんと喚きながら我先に空へと 逃げ出していった。 「・・・すげーな、旦那」 呆けたような声を出すデルフリンガーに、ギアッチョは無感動に答える。 「急ぐぞ」 ルーンの刻まれた左手ですらりと魔剣を抜き放つと、邪魔者のいなくなった 前庭を、ギアッチョは眼にも留まらぬ速さで駆け抜けた。 「何だきさ・・・はぐぉッ!!」 右の拳で玄関の番人の一人を問答無用で殴り飛ばし、同時に左手の剣は もう一人の喉元へ流れるように突きつける。 「なッ・・・!?」 「ちょっと訊きたいんだがよォォォ~~~ モット伯とか言う野郎はどこだ」 突然の状況に眼を白黒させている番兵を、ギアッチョは静かに問い詰めた。 「き、貴様・・・何のつもりだ こんな狼藉が許されると――」 言い終わらない内に、ギアッチョはデルフリンガーの刀身を番兵の喉に 軽く触れさせる。 「ぐッ・・・」 「聞こえなかったっつーわけか?ええ、おい?」 ギアッチョは、「三度目はねぇぜ」と低く呟いて繰り返した。 「モット伯はどこだ」 「・・・・・・は、伯爵は・・・」 諦めたように口を開く男の右手の動きを、ギアッチョは見逃さなかった。 虚を突いて繰り出された槍の穂先をデルフリンガーがまるでバターを 切るように両断すると、右手で男の首を掴んでそのまま館の壁に叩きつける。 「ぐッ・・・!」 「いい返事だ 下衆野郎に殉じな・・・」 ここまで倒して来た衛兵達と違い、この男にははっきりと顔を見られている。 首を掴む右手にぎりぎりと力を込めるが、苦しげにもがくだけで何かを 喋ろうともしない。この様子では懐柔も難しいだろう。 「大した根性じゃあねーか・・・そいつに敬意を表して一瞬で終わらせてやる」 そう言いながら、しかし躊躇なく剣を構える。胸に狙いを定め、一気に 貫こうとしたその時、 「待って!!」 上空から聞きなれた声が響き――同時に放たれた風がデルフリンガーを 弾き飛ばした。 「・・・何のつもりだ」 気絶させた番兵から手を離すと、デルフを拾いながらギアッチョは シルフィードを見上げる。返事の代わりに、ルイズ達はひらりと地上に 飛び降りた。ルイズはそこから一歩を進み出て、曇りの無い瞳で ギアッチョを見つめる。小さく息を整えて、彼女はゆっくりと口を開いた。 「ギアッチョ・・・もう誰も殺さないで」 「・・・ああ?」 見ようによっては恫喝的にも感じられるギアッチョの視線に、 ルイズは臆さず向かい合った。 「もう十分よ・・・お願い、これ以上殺さないで」 「今更だな 何人殺そうが何百人殺そうが、オレには同じことだぜ」 「・・・違うわギアッチョ あんたが殺してるのは――自分の心よ」 「・・・・・・」 かぶりを振ってそう言うルイズに、ギアッチョはわずか絶句した。 「ギアッチョ、もういいのよ もう誰も殺さなくていいの 今の あんたは暗殺者なんかじゃないんだから」 「・・・御主人様らしく命令でもするってか?」 「――命令することは簡単だわ だけどそれはわたしの意志 それじゃ何の意味もないのよ わたしじゃない、ギアッチョ自身の 意志でそうして欲しいの!だからギアッチョ、お願い・・・もう 誰も殺さないで!」 ルイズの懇願に眩暈のような錯覚を覚えて、ギアッチョは思わず壁に 片手をついた。それ程までに、ルイズの言葉は今のギアッチョには 眩しすぎた。 「・・・今更、オレにどう生きろっつーんだ」 「人生」、表現を変えればそれは個人の歴史と言えるだろう。歴史とは 即ち記憶――ならば人生もまた、記憶の集積であるはずだ。そして ギアッチョは、真っ当な人間であった頃の記憶など、とうの昔に捨てて いた。彼の記憶は暗殺者の記憶、彼の人生は暗殺者の人生。それは 殺人を生業とする異常極まりない世界で自己を保ち続ける為の手段で あった。異常な世界で生きるには、それを異常だと感じる原因を 抹消してしまえばいい。ギアッチョはそうして、身も心もその全てを 殺戮に染めていた。 存在する理由を、手段を失くした時、人には何も出来なくなる。 正に暗殺という二文字で成立していたギアッチョの自己同一性は、 今届かぬ蜃気楼のようにその姿を揺らめかせていた。 「・・・オレは暗殺者だ 人殺しだからオレなんだよ」 「それは違うわ!!」 ルイズは怒ったように否定する。 「何が違う?暗殺者っつー事実だけがオレの全てだ オレは殺す為に 生まれ、殺す為に生きてんだ そいつを取り上げりゃあよォォーー オレにゃあ何も残りはしねえ」 「違う・・・そんなことない!!」 吐き捨てるギアッチョに、ルイズは更に語気を強めて遮った。 何かを言おうと同時に口を開いていたギーシュ達は、互いに顔を 見合わせて言葉を飲み込む。今はギアッチョの主に全てを任せて おくべきであろうと思われた。 「そんなことない・・・!ギアッチョはいつもわたしを助けてくれた、 わたし達を導いてくれた・・・あんたが何を否定しても、それだけは 変わらない事実だわ!」 「ハッ・・・そんなもんはおめーら他人が作り上げたただの幻だろーが」 話にならないとばかりに笑い捨てるギアッチョから、ルイズは尚も 眼を逸らさずに言い放った。 「幻で何が悪いのよッ!!」 双眸の深奥まで深く見通すようなルイズの眼差しに、ギアッチョは 再び言葉を失った。 「・・・貴族が、どうして平民の上に立っているか分かる? 魔法が使えるからよ 力ある者は、敵に背を向けてはいけないの 天に授かったその力で、身を挺して弱者を守る者・・・それが 本当の貴族なのよ」 「・・・・・・」 「・・・だけど、わたしは魔法を使えない ねえギアッチョ、 あんた今『殺す為』って言ったわよね それは自分に生きる理由が あるってことでしょう?・・・わたしにはそれがなかった 魔法の使えない貴族に、存在価値なんてない・・・わたしは ずっと叱られ、疎まれ、蔑まれてきたわ ゼロのルイズとは よく言ったものよね・・・誰の役にも立たない、貴族の務めも 果たせない、誰にも必要とされない、生きる理由も意味もない ――わたしは何もかもがゼロだったわ」 凛として己を見つめながらそんなことを言うルイズに、ギアッチョは 眉をひそめる。ルイズの口から、ギアッチョは後ろ向きな言葉など 聞きたくはなかった。半ば話を中断させるように、その口を開く。 「・・・一体何が言いた――」 「だけどッ!!」 それすらも遮って、ルイズはギアッチョに言葉を投げかけた。 「だけどこんなわたしを友達と呼んでくれてる人がいるの!! 彼女達がわたしに抱いている感情は幻だわ、だけどキュルケ達は その為に命を賭けてくれた!!それが悪いことなの!?違うわ、 絶対に違うッ!!」 「・・・ッ」 「・・・ねえギアッチョ わたしを必要としてくれてる人がいる ように、わたしにもあんたが必要なの 暗殺者なんかじゃない、 使い魔でもない・・・ギアッチョという一人の人間が必要なのよ!」 ルイズの叫びは、ギアッチョの心に激しく響き渡った。彼女の言葉、 そのどこにも偽りはないのだろう。だからこそ、ルイズ達はここへ やってきたのだから。だがそれでも、ギアッチョは言葉を返せない。 己に向けられた幾多の信頼に、友愛に応えるべきだとギアッチョは 今そう思えていた。しかし、それでもその口からは言葉が出ない。 暗殺者であることを辞めることは、リゾット達への裏切りではないかと いう思いが、彼の心を縛していた。 『・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな』 ルイズの声の残響に合わせるかのように突如リゾットの声が聞こえ、 ギアッチョはハッとして顔を上げる。 『オレ達の影に――縛られるな』 ――・・・そうだったな 誰にも聞こえない声で、ギアッチョは静かに呟いた。 ――迷わねーと誓ったばかりじゃあねーか・・・オレはよォォーー 夢中に聞いたリゾットの言葉は、ギアッチョの迷いを容易く打ち砕いた。 口角を皮肉めかせてつり上げると、ギアッチョはがしがしと頭を掻いて ルイズに向き直る。 「・・・勘当されてもしらねーぞ」 「わたしには家柄なんかより――ギアッチョのほうがよっぽど大切だわ」 応えてくれたギアッチョに向けて、ルイズは吹っ切れたように笑った。 「――で、どうする気なんだおめーら」 静かな玄関前で、彼らは額を寄せ合って会話を交わす。当然の疑問を 発したギアッチョに、代表してキュルケが返答した。 「別に殺すことだけが口封じの手段じゃないわよ?」 キュルケは意味ありげに笑うと、ギアッチョに作戦内容を開陳した。 数分後。全てを聞き終えて、ギアッチョは凶相を面白そうに歪めた。 「おめーらもよォォ~~ 中々えげつねーこと考えるじゃあねーか ええ?」 「だ、だってそれしか手段がないってキュルケが・・・」 渋々といった顔のルイズに眼を向けて、キュルケはしれっと言い放つ。 「あら、他に策がないこともないわよ だけどあんな下衆にはこれで 丁度いいわ」 「ま、違いねーな」 ギアッチョとキュルケは互いを見合わせてニヤリと笑う。不安げな表情の 中に「オラわくわくしてきたぞ」という心境が見て取れるギーシュと 本に眼を落としながらもどこか楽しそうなタバサを見遣って、ルイズは 「もうどうにでもなれ」とばかりに溜息をついた。 ギイと音を立てて、軋んだ扉が開く。打ち合わせもそこそこに、 ギアッチョ達は邸内へと侵入した。その瞬間、 「貴様ら何者だ!」 警備兵の野太い声が響いた。黒装束に身を隠した人間が勝手に侵入して 来たのである。それを見咎めない者などいようはずもなかった。 心臓が飛び出る程に驚いたルイズやギーシュを制して、キュルケは 平然と口を開く。 「あなた、モット伯から何も聞いていないのかしら?私達は"アレ"を 届けに来たのだけれど」 「・・・納入は来週だと聞いているが」 「予定より早く用意出来たのよ 納品は早ければ早い方が、伯爵も お喜びになるでしょう?」 「・・・そういうことなら、こっちだ」 キュルケの言葉をあっさり信じ込み、警備の男はモット伯の部屋へと 先頭に立って歩き始めた。 "アレ"が何かなど、キュルケは勿論知る由も無い。モット伯のような 男ならば、口に出すのも憚られるような禁制の品を取引していたと しても何もおかしくはないと読んでカマをかけたのだった。そんな 品物の配達人なら、身元を隠す姿をしていることに何の問題もない。 そこまでの判断を一瞬の内にやってのけるキュルケに、ルイズ達は 舌を巻いた。 扉の向こう、廊下の方で「ぶがッ!?」という間抜けな声が聞こえ、 一拍置いて何かが倒れるような音。部屋の主には聞こえなかったらしい それら小さな音の後に、今度は扉がコンコンと大きく音を立てる。 モット伯は鬱陶しげに眉をひそめて、やって来たばかりのシエスタに ぶっきらぼうに手を振った。 「出なさい」 「・・・はい」 シエスタはいつもの快活さからは想像出来ない緩慢さで扉へ向かう。 がちゃりと扉を開けて、 「何用ですか?」 言い終わったと同時に、驚きで固まった。 「帰るぞ」 あちこちに巻かれた包帯の上からでもはっきりと分かる、無愛想な 顔の男がそこにいた。 一目会いたかった人が、自分を救いに来てくれた。それが――どれ程 残酷なことか。ここでギアッチョに縋ってしまえば、逃げてしまえば。 彼はきっとモット伯への罪で処断されてしまうだろう。シエスタに そんな選択が出来るわけはなかった。ギアッチョの眼を見ないように 俯いて、シエスタは冷たい声で言い放った。 「・・・お引き取りください」 拒絶の意志を表したシエスタを、ギアッチョもまた冷厳と見下ろす。 彼女の細い肩がか弱く震えていることに気付かないギアッチョでは なかった。 「断る」 「・・・っ」 シエスタは一瞬見せた泣きそうな顔をすぐに正して、ドアの握りを持つ 手に力を込める。 「・・・お引取り、ください」 そう言いながら扉を閉めようとするが、 ガンッ! ギアッチョは素早く片足を滑り込ませてそれを止める。 「断る、って言ってんだろーが」 ギアッチョの断固たる声に、シエスタは半ば諦めたように顔を上げた。 「・・・ダメです、それじゃギアッチョさんが」 「問題はねー オレを信用しな」 「・・・だけど」 尚も抵抗するシエスタを読めない瞳で見つめて一つ溜息をつくと、 ギアッチョは身体を半身にずらした。その後ろに見えた数人の顔に、 シエスタはハッと息を呑む。 「・・・オレで足りねーなら――こいつらの分の信用も足してくれ」 ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモンに ミス・タバサまでがそこにいた。ここに来ることがどれだけ危険か、 彼女達が知らぬわけがない。家名にまで累が及ぶ危険を冒して、 彼女達は自分を助けに来てくれたのだ。それは彼女達の誠実さを、 何よりも雄弁に物語っていた。 「・・・・・・はい」 シエスタはおずおずと頷いた。貴族であっても、彼女達は信じられる。 彼女達の瞳、そのどこにも欺瞞の色などなかったから。 「何だ貴様ら・・・何をしている!!」 突如聞こえた怒号に、ギアッチョ達の視線はシエスタの背後に集まる。 不機嫌さを隠しもせずに、モット伯がそこに立っていた。 「・・・シエスタを頼んだぜ、おめーら」 シエスタの肩を抱いて、ギアッチョは彼女をルイズ達へ押しやった。 そのまま一歩進み出し、黒装束の下の顔を暴かんとするモット伯の 視線を身体で遮る。一連の流れで、モット伯には大体の事情が掴めた ようだった。怒りに顔を歪ませて、モット伯は手元の呼び鈴を乱暴に 鳴らした。 「許さんぞシエスタ・・・ 衛兵!!何をしている、はやくこやつらを 捕えよ!!私は置物に金を払っているつもりはないぞッ!!」 その瞬間聞こえ始めたどたどたという多数の足音に軽く舌打ちして、 ギアッチョはルイズ達に追い払うように手を振った。 「行け」 答える代わりに、タバサはシエスタに向けて何事か呟いた。それを 理解したシエスタとタバサが先頭に立ち、ギーシュを引き連れて 長大な廊下を走り出す。それを追いかけようとするルイズを、 ギアッチョは何の気なしに皮肉った。 「今日はいつもみてーにしつこく念押ししなくていいのか?ええ?」 ギアッチョの背中を向けながら、ルイズは肩越しに顔を覗かせる。 「・・・必要ないもの わたしはあんたを信じてるわ」 そう言い切って刹那笑うと、彼女は今度こそタバサ達を追って走り去った。 「・・・調子が狂うぜ 全くよォォォ」 ギアッチョは頭を掻きながら、ぎゃあぎゃあと何かを怒鳴り散らす モット伯へとキュルケと共に向き直った。 「このような夜更けに・・・薄汚い平民風情がよくも我が楽しみを 邪魔してくれたな」 嗜虐に満ちた表情で、モット伯は呼び鈴を投げ捨てる。 「貴族の前で剣を抜いた平民は、殺されて文句は言えぬ 覚悟は 出来ているのだろうな?」 「剣?オレはそんなもんを持った覚えはねーぜ」 ひょいと両手を上げて、ギアッチョは無手をアピールする。彼の 身体のどこにも、デルフリンガーの姿は見当たらなかった。しかし モット伯はそんなことはどうでもいいといったように哂う。 「分からんか?『どうとでもなる』ということだ・・・特に貴様らの ような身元も知れぬ平民の場合はな 女共なら再利用してやるが、 男に用は無い・・・ここで死ね」 「・・・身も心も腐り切ってるっつーわけか?やれやれ、これで 無くなったな・・・仏心を出してやる理由はよォォォ~~~」 この場にデルフがいれば「ハナっから許す気なんざさらさらねーだろ」と でも突っ込まれそうなセリフを吐いてポキポキと拳を鳴らすギアッチョに、 モット伯は心底愉快そうに下卑た笑いを上げた。 「ぬはははははははッ!!これは面白い!トライアングルの私に、この 波濤のモットに素手で挑もうと言うのかね!ふふふははははは! こんなところで命を賭けた寸劇が見られるとは思わなかったぞ!! もっとも、平民風情がいくら矢弾を持ってこようがこの私に傷一つ つけられはせぬがな!」 「波濤だか佐藤だかしらねーが・・・ごちゃごちゃ抜かしてねーで とっととかかってきなよ ええ?おい オレは出来てるんだぜ・・・ 『覚悟』はいつでもな」 余裕の挑発にピクリと眉を上げかけるが、モット伯は口よりも魔法で 黙らせることを選んで杖を構えた。キュルケが数歩後退すると同時に、 モット伯は杖で空を切る。飾られた花瓶がコトリと倒れ、注がれていた 水が赤い絨毯にぶちまけられた。続けてルーンを唱えると、こぼれた 水は映像を巻き戻すように宙に浮かぶ。細長い水の鞭と化したそれは、 杖の動きに合わせてギアッチョに襲い掛かった。 「便利な魔法じゃあねーか 寝たきりになっても自分で水が飲めるぜ」 「寝るのは貴様よ、ただし土の中でだが・・・なッ!!」 言葉尻に篭った気合と共に、水鞭はギアッチョの右手を打たんと 飛来する。ひょいと手を上げてそれを回避するが、凶器と化した水は 生き物のようにくねり、しつこく右手を追いかける。身体を捻って 避ければ次は左手に襲い掛かり、飛び避ければ今度は右。次は左手、 また左手、右手、左手、右、右、右。水の蛇は執拗にギアッチョの手を 狙い続ける。 「いい趣味してやがるぜ」 モット伯の意図を理解して、ギアッチョは悪鬼の如き表情で笑った。 まずは両手を壊し、次は恐らく両足を狙う。そうして敵を無抵抗に しておいて、後はたっぷり嬲るつもりなのだろう。 「どうやらしっかり教えてやる必要があるらしいな ええ?」 まるでダンスのようなステップで攻撃を躱しながら、喉の奥で笑う。 「てめーが戦ってんのは一体誰なのかを、な・・・」 ギアッチョの纏う空気が――鋭く冷たい刀剣のようなそれに変じた。
https://w.atwiki.jp/animesaimoe2008/pages/211.html
ゼロの使い魔 ~双月の騎士~ 本戦出場キャラ一覧(対戦表) キャラ名 担当声優 本戦組 日付 一回戦対戦相手その1 一回戦対戦相手その2 アンリエッタ女王 川澄綾子 B10組 8月23日 ヒロ@ひだまり 檜原静流@もっけ ルイズ 釘宮理恵 C09組 8月27日 アリシア@ARIA 晃@ARIA シエスタ 堀江由衣 E08組 9月7日 稲森光香(みかん)@まなび 葛城みかん@レンタルマギカ モンモランシー 高橋美佳子 G03組 9月15日 西園寺世界@スクールデイズ 黒主優姫@ヴァンパイア タバサ いのくちゆか H01組 9月17日 鷺ノ宮伊澄@ハヤテ 天条院沙姫@To LOVEる ティファニア・ウエストウッド 能登麻美子 H11組 9月19日 天海春香@アイマス あやね@ながされて藍蘭島 本戦出場キャラ一覧(データ) キャラ名 担当声優 一次予選 票数 被得票率 二次予選 票数 被得票率 本戦組 日付 アンリエッタ女王 川澄綾子 13組3位 481票 33.9% B10組 8月23日 ルイズ 釘宮理恵 11組1位 664票 46.2% C09組 8月27日 シエスタ 堀江由衣 08組3位 443票 31.2% E08組 9月7日 モンモランシー 高橋美佳子 06組11位 246票 17.4% 07組8位 213票 22.3% G03組 9月15日 タバサ いのくちゆか 08組11位 376票 26.5% 03組1位 369票 35.1% H01組 9月17日 ティファニア・ウエストウッド 能登麻美子 20組9位 441票 23.4% H11組 9月19日